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閑かにこころを見つめて

2018-08-13
お盆休みの大学構内
いつもより穏やかな時間が流れる
「閑かさや」の中でなにを見つめるか

「閑か」という漢字があるが、その構成要素通りに「門」に「木」が掛けられており、建物がひっそりとしずまりかえっているという語源説がある。漢字には造形性があり、単に意味ばかりでなく書かれた「形」が表現するものがある。「しずか」というやまとことばを書き表すにも、「静」と「閑」があって使い分けるのが穏当ではないかと思う。となると「静」の語源も気になるところだが、「争い」(とりあい)をやめて「青く」(すみわたった)雑音のない状態になること、と手元の『漢字源』(改訂新版・学研)にある。このように考えるだけでも、「音声」と「文字」という言語四要素のうちの二つが、相互に補い合い深い意味を成すことがわかる。

「閑か」な大学構内で、さらに研究室は「静か」ということになろうか。とはいえ、本学の構内は地域の土地と塀や門で区切られているわけではなく、丘陵一帯の敷地内は自然や造形された街と一体化している。駐車場も広く自然も多いキャンパスは、どこか海外の大学を思わせる。鳥の声も蝉時雨などの音声にも恵まれ、樹々も含めて季節感が豊かである。学生たちがほとんど来ないキャンパスでは、より一層こうした環境が意識される。何より講義や会議もなく、研究室に自分のペースで居られることが貴重だ。自ずと普段は考えられない深層まで、目が向けたくなるものだ。このまろやかな時間が、あらためて自らのこころを解きほぐすのである。

夕刻から比較的静かな街へ
こころふれあう穏やかな時間
「生きているということ いま生きているということ」(谷川俊太郎「生きる」)


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