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「ガラパゴス化」を考える

2010-08-15
14日(土)アメリカ・カナダの旅から帰国した翌日。とりわけ時差による体調の変化もなく、通常通りの目覚めであるが、せっかくの休日なので午前中は寝床でゴロゴロしていた。そして旅の様々な場面を回想しつつ、また新たな構想や次の旅へ思いを膨らませた。

 そんな中で、この2010年夏に気になるのが「ガラパゴス化」というキーワードである。そのデータ的な裏付けや今後の対処方法については、『ガラパゴス化する日本』(吉川尚宏・講談社現代新書)に詳しいので、そちらを参照願いたい。同書によると、本多勝一氏が1999年に『週刊金曜日』において、現九州大学法学研究院の木佐茂男教授が講演で、日本の司法制度の遅れを指摘する言葉として使用したのを紹介したことに端を発するという。その後、携帯電話分野での指摘などを経て、日本の政治・社会体制が進化を遂げない様。特に産業面に於いて、独自の進化をしてむしろ世界からかけ離れてしまう現象を言うのであるという。(前著・「まえがき」による)

 政治・社会体制や産業面に限らず、この現象は教育や若者の志向にも現れてきているのではないかと感じていたのが、この何年間かの小生の所感でもある。留学志願者の減少、内向き思考、眼前の競争社会への利害のみに奔走し、深く歴史・文化を踏まえた広い教養を求めることなく、単純化したマニュアルを求めて、過程の思考を脱落させた短絡的思考などなど、孤島の中で孤立して生きていく為の思考の若者が、大量に育ってしまっているという危惧である。そして、それは若者だけに問題があるのではなく、教育に携わる大人たちもが、眼前の利害やマニュアル化した教育を是として、「わかりやすさ」などを旗印に、安易な教育観・学力観で教育に従事する。思考を摺り合わせ、考えを交換するために自己の意見を述べ、他者の意見も聞き入れながら、議論を繰り返して思考を練り上げていくような教育環境からは、逆行した現場が多いということである。ある意味で、こうした分野は学校・塾を中心に「独自な進化」を遂げているといってよい。

 「ガラパゴス化」の波は、次世代を担う若者たちの間に確実に浸透していると言ってよいだろう。

 
 2004年頃から、海外、特にアメリカを中心に見聞を広げてきた小生としては、様々に今の日本の矛盾が目に付く。アメリカだけというのも問題があろうかとも思うが、やはり戦後65年を迎える本日において考えても、アメリカ社会を意識しなければならないし、更に近代日本を考えても「黒船以来」を考えなければならないという点に行き着くからだ。


 今回のアメリカ・カナダでも様々な人々の現実に触れた。


 野球選手として、もはや「日本人メジャーリーガー」などという言葉で表現する域を遙かに超越したイチローのプレー。そしてシアトルのファンが、メジャー選手として彼を絶賛しているという事実。自己タイとなる1試合4盗塁を記録した試合を目の当たりにして、日本人というよりメジャーの魅力を存分に味わうことができたのだ。つまり、アメリカでは既にかなり以前から、イチローを「日本人選手」として過度に意識していないということ。未だにメジャーの出来事を「日本人選手」の活躍中心にしか報じない日本のメディアが、いかに「ガラパゴス化」しているかが存分に理解できる。

 また、松坂大輔に関して言えば、メジャー4年目にして未だ「日本的」と「メジャー的」の間を彷徨しているような印象を受ける。四球の多さにより自滅する投球に苦しんでいるのが現状だ。彼の実直さや人柄の良さは、たいそう「日本野球」では評価されるはずだ。今回、球場での練習風景を見ていても、投手コーチ相手にキャッチボールをして、終了すると帽子を取って深々と一礼する。投手コーチはそれを見ていないほどであるが、松坂大輔の中では、「野球道」としての礼儀が染み付いているのであろう。その実直さを否定するつもりは毛頭ないが、思考の適応性の上で打破する壁があるようにも感じてしまうのだ。


 またカナダで生活をしている日本人家庭も訪問した。彼の家はモントリオールであるゆえ、家庭の中で英語・フランス語・日本語が入り交じっている。たいそうな社交家であり、初対面で、間接的な知人である小生と父も、日本での同郷人として温かく歓迎してくれた。その自然に囲まれた家、ガレージと大きな庭がある家、というのは日本では考えられない現実がある。

 逆な意味で、日本で英会話を教えている講師宅の訪問、これも刺激的であった。カナダの大自然そのものを背景にした家。日本の英会話教室にいるだけではない、彼の姿を見ていて、新たな感性が湧いてきた気さえする。

 そして知人の登山家の息子が、ヘリコプターライセンスを取得したこと。カナダのモントリオールという環境が、フランス語・英語を共用する為に、彼にとってこの上ないものであったこと。そしてカナダ・アメリカ・ヨーロッパを中心に今後の仕事を考えていこうとする方向性。もともとフランスで生育したということもあるが、彼の視点は国の壁を超越している。


 絶大なナイヤガラの巨大瀑布に象徴されるように、世界とは何か?を常に意識し冒険し発見していく。いや、足場自体が世界の中にある時代こそ現代なのではないか。



 ガラパゴスのイグアナが南太平洋に飛び込んで、新天地を求めるかのように

偶有性の大海に飛び込んで、新たな感性と知性と教養を持って生きていくこと

戦後65年を迎えた今日にして、改めて高い志を持つのである
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