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油断といふは知らず故なり

2018-07-04
「王、一臣に勅す、一油鉢を持ち、由中を経て過ぎよ、
 傾覆することなかれ、もし一滴を棄せば、
 まさに汝の命を断つべし。」(北本涅槃経・二二より)

『日本国語大辞典第二版』の「油断」の見出し項目「語誌」に拠れば、冒頭に記した「油鉢」(引用記載本文は訓点付漢文)をめぐる話から生じたとする説を疑わしいとして、「語源未詳」としている。意味としては、(1)気をゆるすこと。たかをくくって、注意をおこたること。ぬかりがあること。不注意。(2)怠けおこたること。物事をなおざりにすること。(3)ゆったりとした気分をもつこと。四国地方でいう。とあり、概ね一般的には(1)の意味で通行している言葉であろう。誰しも「気をゆるそう」「注意をおこたろう」と自らが意識して行動する訳ではあるまい。あくまで状況や潮流の上で、「たかをくくった」気持ちが無自覚に生じてしまい、”結果として”危うい事態を招いてしまうということだろう。「気をゆるす」ことが自覚できていれば「油断」にはあらずなのだ。

W杯日本代表のベルギー戦を振り返り、「油断」という語を思い浮かべた。決して選手たちは「たかをくくった」わけではないはずだ。だがしかし先制1点のみならず、2点目を後半の早い時間に手に入れたことそのものが、選手や監督やそして観戦していたすべての人々の中で”予想外”ではなかったのか?「予想」という範疇があるとするならば、この日の試合は「概ね劣勢」であり、勝機は奇襲的か僅差を守備的に徹するか偶然に左右されるPKか、などと考えられていたかもしれない。サッカーという競技の特徴として「2ー0」という事態が、あまりにも優位なリードという一般論の中に身を没してしまい、「劣勢」であることを無自覚に忘れてしまったのだ。日本代表という百戦錬磨のはずの選手たちにも、このような作用が生じたことが大きな学びとなったと思う。振り返るに「ドーハの悲劇」でもそうだが、「勝った」と思った瞬間から「負け」への道が用意されているのだ。たぶん世の中の多くのことは、こうした「真理」が根付いているような気がする。

「勝った」と思った時から引き締めよ
戦国武将などの闘いを見ても同様のことは多い
「無自覚に注意を怠る」なんと恐ろしいことか・・・


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