「に」のちから身に沁みてー企画展没後90年・若山牧水
2018-06-01
「うすべにに葉はいちはやく萌えいでて咲かむとすなり山桜花」(牧水『山桜の歌』より)
助詞「に」の導く鮮やかな色彩描写
散文でももちろんであるが、短歌となれば助詞の使用によって大きな差が出るという必然がある。自ら創作に及び推敲段階になって、助詞一つがどうも定まらず決め難い状況に陥ったりすることもしばしばである。いやむしろ助詞の選択に悩み、様々な可能性を模索してこそ、短歌は豊かな表現を目指すことができるのかもしれない。型通りの助詞使用で凝り固まるならば、それは説明の短歌の域から脱していないと見るべきかもしれないのだ。冒頭に記したのは牧水の第十四歌集『山桜の歌』所収の名歌である。少年時代から牧水は花の中でも「山桜」を愛好し、初期の歌集にもそれを詠んだ歌が見られる。冒頭の当該歌は、伊豆湯ヶ島温泉に牧水が滞在した折に詠まれた連作二十三首のうちの一首である。この名歌について、牧水は推敲段階でかなり悩んでいたことを窺い知れる資料を展観することができた。
今年の牧水没後90年を記念して現在、宮崎県立図書館で企画展が開催されている。その展示の中に伊豆湯ヶ島温泉に滞在する牧水と妻・喜志子から、信濃は東條村の中村柊花宛てた絵葉書がある。その文面に当該歌が見えるが、初句が「うすべにの」とされているのである。このことは既に牧水の高弟・大悟法利雄が指摘しており、原作は「の」であったが推敲して「に」にするかと考えつつも、「うすべに」と「に」が続いてしまうことを気にして「の」に戻したりと模索をしたが、歌集に収める時点では「うすべにに」となったことが指摘されている。大悟法の指摘では、「うすべにの」では「葉の色の説明だけに終わってしまう」とし、「に」として「うす紅色に萌え出でて」と鮮やかな描写にすべきとされている。あらためてこの歌の名歌たる自然詠の広い世界観が読めるとともに、自らの歌作においての「の」と「に」が深く気になり始めてしまった。
宮崎県立図書館企画展「若山牧水」
〜6月3日(日)まで、2F特別展示室にて
7月には宮崎大学附属図書館でパネルによる移設展も開催予定。
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