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啄木と牧水の「いのち」ー牧水研究会・国際啄木学会宮崎大会

2018-05-13
「君かりにかのわだつみに思はれて言ひよられなばいかにしたまふ」(牧水『別離』)
「東海の小島の磯の白砂に/われ泣きぬれて/蟹とたはむる」(啄木『一握の砂』)
「『別離』『一握の砂』の意義・伊藤一彦先生一首選より」

国際啄木学会と牧水研究会の共催による宮崎大会が開催された。啄木と牧水は、ほぼ同じ歳で地方から東京へと文学を目指して上京し、詩歌にいのちを燃やしたという共通点がある。今年は牧水没後90年ということもあり、牧水の生誕地・宮崎でこの2人の歌人に関しての研究が集約的に語られる機会は誠に貴重である。会の冒頭は記念講演として伊藤一彦先生の「歌人における故郷と異郷」、牧水も啄木も自分の生まれた場所においては「余所者」「移住者」であり「故郷であって故郷でない」という共通な出自の事情があると云う。牧水は健康、啄木は病弱という相違もありながら、ともに短歌を通して「いのち」を見つめた歌人である。啄木歌の「いのちなき砂のかなしさよ/さらさらと/握れば指のあひだより落つ」で表記されるひらがなの「いのち」には、「美」や「こころ」に通じる関係性を読むことができると云う。(『一握の砂』では、「いのち」14首・「命」5首・「生命」8首ということ)小欄で委細は割愛せねばならないが、啄木と牧水を併せて読む方向性が示された貴重な内容の講演であった。

さらに貴重な機会となったのは、鼎談(ていだん)「近代短歌史における牧水と啄木」というテーマを、太田登氏の進行で三枝昂之氏・伊藤一彦氏によって実現したことだ。与謝野晶子『みだれ髪』の啄木・牧水の摂取、牧水が編集する雑誌『創作』において啄木を必要としたこと、さらには啄木没後(明治45年)から牧水没後(昭和3年)における短歌史における状況などが、実に緻密な内容で展開した。冒頭に掲げたのは明治43年に「短歌革新第二世代」(太田氏の弁)の歌人たちの歌集が盛んに出版された年の牧水『別離』啄木『一握の砂』からの伊藤先生の一首選であり、ともに「海」の歌となっている。「三行書き」や「現在形」の使用(「蟹とたはむる」)などの表現効果などの指摘も。また三枝氏からは「(啄木は)サラリーマン短歌の最初」という指摘、また太田氏からは「(牧水の)五七調の韻律」「(啄木の)日本語の音韻特性を活かした表現」などの指摘もあった。まだまだ小欄ごときでは情報が書ききれないが、この鼎談の内容は、「国際啄木学会会報」において文字化されるということである。

自らの研究発表には、色々と考える点が多かった
広い視野を持つとともに1首の歌で語らなければなるまい
歌作りにも共通する反省点を見出せたことが大きな個人的収穫であった。


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