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家庭的な伝承

2010-07-28
27日(火)先日、大学教授からVTRカメラを借りていたので、この日の夕刻に研究室を訪ねた。ちょうど学部棟のエレベータを下りると、そこに大学教授が。偶然とは不思議なものである。どうもこの教授とは、何かしらプロジェクトをやる運命にあるみたいだ。研究室に行き、前期終了の御礼と今後への方針等々。次期も更に充実させて講義を実施しようと確認した。家庭的を通り越して、異空間な研究室。在室した2人の学生も温かい会話をくれた。

 その後は、毎度英会話の前に立ち寄る洋食屋さん。この日も恒例の火曜日である。90歳を超える老人が、既にカウンターの隅に陣取っていた。グラスビールにワインと、英会話がある時には飲めない酒を、少々いただきながら美味しい料理と、家庭的な会話の中で食事が進んだ。

 様々な四方山話をしていると、老人の祖母が「安政」年間の生まれだという話になった。「安政」と聞けば「安政の大獄」、まさに歴史の重要事項である。老人ご自身は「大正」生まれ。その母は「明治」の生まれ。そう考えると、幕末というのは、今の時代に人間を通して接続しているということがわかる。決して幕末とは歴史という知識の中だけの、非現実的な時代ではないと実感した。

 老人は、もちろん「関東大震災」も幼少時に経験しているという。その時、積み木をしていて、震動で積み木が崩れたのを、再び積み直していたのだということを、後に母から知らされたという経験があるという話だ。「大正・昭和」の語り部の話は、何とも貴重であり、色々なことを聞いておくべきであると思う。同時に、「現在」に通じる「近現代史」を学校的な単なる知識の集積・暗記ではなく、実感として「今」を考える為に学び直すべきであると思った。

 両親や祖父母から語り聞くことがあり、それを自分が生きる糧にしていく。それはある意味で「家庭的」という中の、重要な「伝承」という役割なのであろう。勿論、自身の両親や祖父母から聞いた話もたくさんある。そしてその枠を超えて「家庭的」な雰囲気の社交場で、このような話を聞いて、自身が「伝承」していくことの重要性を再認識するのだ。

 3時間に及ぶ夕食、老人や店の人たちとの「家庭的」な会話

 これぞ心のサプリメントに他ならない

 次週からは海外に赴くので、しばらくこの「火曜日家庭」を留守にする
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