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棲家に宿る縁とあくがれ

2018-01-21
若山牧水の「あくがれ」
「在処(あく)」「離れ(がれ)」て行く
今あるところ棲家とは何か・・・

人は一生で何軒の家に住むのだろうか?生涯を通して同じ家を棲家とする人もいるだろうが、時代とともにマンション建築なども進み、都会では多様な棲家があるように思う。松尾芭蕉が『おくのほそ道』冒頭に記しているように、人生そのものが「旅」であり詩歌に関わる「古人も多く」旅に身を置いてその詩心を研ぎ澄ました。芭蕉が意識しているのは、日本では西行や宗祇、中国の李白や杜甫である。かの詩人たちも、最初は武士や官僚としての定住生活があるが、その詩を開花させるには「旅」に身を置いたわけである。こうした意味で棲家と詩心・歌心というのは重要な関係があるように思われる。

東京は下町の香りのする街で育った僕は、そこを寓居としていた芥川龍之介をはじめとする「文士」たちを、小学生の頃から意識していた。他にも萩原朔太郎・菊池寛や陶芸家・板谷波山なども窯を持っていた文士村が僕の生まれた田端の街である。とりわけ牧水との縁を感じるのは、実家の近くに歌人・太田水穂が居を構えていたこと。牧水の妻・喜志子は長野から東京に出て来た際に瑞穂の宅におり、そこを牧水が訪ねて一目惚れしたと云う。少なからず僕自身が牧水研究をする一つの縁は、この出生地における土地の縁であると今にして強く思うのである。牧水や啄木の随想を読めば、その街並みが結構リアルに想像できるのが僕の大きな文筆の武器かもしれない。

土地と棲家と人生の縁
なぜその土地で生きるのかという必然性
宮崎〜東京・・・東郷〜田端


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