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第2の誕生自ら生るる

2018-01-14
自力で生命を獲得した感覚
集中した異次元の時間
トイレに立って確信する来し方行く末

自分の中で実際の誕生日に続く、第2の誕生日がある。それは志望大学の受験と合格発表の日であり、その際の受験番号を今でも「ラッキーナンバー」として大切にしている。それは「どうしてもその大学にしか行きたくない」という固い意志を、現実に掴み取るための時間であった。長年、現職高校教員を勤めてきたが、自分と同等の固い意志を持った生徒に出会ったのは片手の指に収まるほどの人数であろうか。思い返すに高校の担任の先生にとって僕は、頑固で扱いづらい生徒であったに違いない。受験校を決定する際にも、ほとんど「滑り止め」はなし。その担任の母校をかろうじて受験はしたが、入試の際はほとんど集中できず「やる気がない」ような状態であった。それに比べて「どうしても行きたい」と誓った大学の受験日は、精神の立ち方が明らかに違っていた。

早朝5時に起床した際の、寒いながら冴えた空気感。母も同様に早く起きて、好物のハンバーグを入れた弁当作りに勤しんでいた。そして茶の間では「テレビ予備校」なるものの早朝放映が流れていて、母親の細かな配慮が身に沁みた朝であった。受験会場たるキャンパスには開門15分前には到着して、来るべき時間を待った。不思議と寒さも感じず、根拠のない自信に満ちていたように今にして思う。それは尊敬していた全国的に著名な英語講師の先生の講座を講習会で受講していたが、その先生はいつも「これだけのことをやっておけば、落ちようとして落ちることはできない」と合格水準の英語レベルをいつも明確に示してくれていた。その言葉が、自らの脳裏に焼き付いていたからでもある。その流れの通りに最初の英語の試験、次の国語の試験と進み、休憩時にトイレに行くと再び確信が深まった覚えがある。だが最後の日本史の試験の際は、やや危うさを感じてしまった。それゆえに本当に合格するかは「神のみぞ知る」ではあったが、女神は僕に味方してくれた。こんなことを、またこの日に思い出した。

あの日も見守ってくれていた母
そして僕を送り出してくれた自宅
第2の誕生日の意味を、生かすも殺すも僕のその後の生き方次第だった。


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