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イチローの存在感

2010-07-15
14日(水)真夏の祭典、MLBのオールスターゲームが行われた。現在考えられる最高の野球選手たちが、リーグごとに集結し夢の1試合を行う。野球好きにとっては、身震いがする程の、興味ある時間だ。もはや、日本人選手が出場するかどうかというような視点で観るのはやめて、そのプレーの質の高さを、しっかり観戦すべき内容の試合である。

 とはいえ、やはり日本のメディアがお盛んに伝えるように、イチロー選手の10年連続出場というのは、この上ない快挙でもある。メディアが「日本人選手」という視点から抜けきらないからこそ、敢えて確認したくなるが、イチローはMLBにおいても、もはや動かし難いスーパースターであるのだ。

 試合開始前に、出場選手が整列した際に見ても、決して身体的に大きいわけではない。横に並ぶMLB選手たちの方が、身長も体格も確実に大きい。しかし、こんな点に眼がいくこと自体が、イチローを日本人選手として意識していることになる。MLB選手の中にも、かなり身長的には低い選手もいないわけではない。

西洋列強に対して、小さな島国である日本が肩を並べる。

どうもそんな発想で、こうした光景を見ることが、我々日本人の遺伝子の中に刻み込まれてしまっているような気がしてならない。なので、MLBの記録を毎年のように塗り替えていくイチローの活躍は、ある意味で日本人として、誇りの持てる存在ということになるだろう。

この日の試合で、イチローは2打席無安打。しかし、初回に魅せたライトでのランニングキャッチは、抜群の存在感があった。西日がかなり強く差し込んでいた中で、しかもライナー性の右中間への当たり。簡単に捕球したように見えるが、かなりの意識の高さと決断を要するプレーだ。

捕球した体勢から、そのボールをスタンドのファンに投げ入れる。本人曰く「そこまでが一つの作品ですから」。なかなかそうは言えないものである。もはや、イチローのプレーは芸術品という域に達していることを感じさせるのである。

その存在感たるや、言葉では表現できないものがある。

MLB自体は、その門戸を十分に世界に広げている。ならば、我々も「日本人選手」を観ようとするのではなく、そのBaseballを真剣に見つめるべきであろう。

再びこの夏も、MLBをライブで観る幸せを感じる日々が待ち遠しい。
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