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飛ばぬならまろびて待てよ航空便

2017-10-28
強風により予約便の欠航
搭乗口付近で「どうしてくれるんだ」と詰め寄る人々
「ただただどうしようもなくそうなっちゃった」ことへの対応

週末は静岡大学で、中古文学会が開催される。だが偶然にも、2週続けて南海より日本列島を台風が睨んでいる。予報円を眺めながらそれもまた確定ではない一情報であるということが、先週の大会開催校としての体験で身に沁みてわかった。諸々と東京での所用もあり前泊で航空機を予約していたので、まだ金曜日ゆえ影響も少ないと思いきや、空港周辺が強風のため使用する機材が宮崎ではなく鹿児島に向かったと搭乗待合所にアナウンスが流れた。しばらく待機していたが、アナウンスはさらに「欠航」の響きを多くの待合客に浴びせかけた。問題はここからの受け止め方である。僕の場合、2000年代によく米国を旅していたので、こうした状況には慣れっこである。他の乗物以上に天候に運航が左右されやすい「航空機」は「欠航の可能性がある」のが前提だと思っている。だが、多くの方々はそうでないのだという光景をまざまざと見た。

搭乗口係員に「予定があるんだ、どうしてくれるんだ」と詰め寄る中年男性。「ホテルの手配もしてくれるんだろうな」と即座に当日代替便の可能性も考えぬ短絡的な老年男性。僕はというと冷静にそんな光景を横目にして、係員へ「代替便」の可能性を問いかけた。すると羽田空港から来る最終便の機体繰りを行なっていて、欠航便の乗客を収容できる大型機が来る予定で調整中だと云う。一時はこの日のフライトを諦めて翌土曜日早朝便への変更も考えたが、その大型機の可能性に賭けてみることにした。しばらくしてその機体繰りが可能になったとアナウンスがあり、振替手続きのため人々は1階カウンターへ我先にと進む。僕もその波に乗じたが、列に並びながらスマホの航空会社アプリを起動すると、その画面上で手続きを完了することができた。だがその上で、振り替えた最終便も飛ぶ確証はないことを心得ていた。最終便までしばし、空港で有効な読書時間ができた。そういえば伊藤一彦先生と堺雅人さんの対談本『ぼく牧水 歌人にまなぶ「まろび」の美学』(角川oneテーマ21 2010)に、「意味ある偶然」という一節があるのを思い出しながら。

「自分をゼロにできる、よけいな自意識、自分へのこだわりを持つと
『一体化』はできない」(同新書より)
牧水からまなぶ自然観は様々な面で人を穏やかに生きさせる。


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