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物語を起こすわれ

2017-08-21
物語をライブで朗読する作業
自己を起ちあげて知る人間追究
声にしてわかること臨場感ある場面へ

教員免許更新講習2日目。朝9時から夕方4時まで(昼休み1時間)に加えて履修認定試験が40分間。大学校時4コマ分+αを2日間ということで、担当者としてもそれなりの体力が必要である。だが受講者の方々も、次第に各校種で夏休みが短縮される中、何科目も受講のために県内全域から大学に集まって来られることにも頭がさがる。そんな気持ちからも、なるべく今後の現場での授業の根本を考える材料を提供すべきと、あれこれ担当者としても苦心をしている。教員免許更新は自動車免許とは違い、眼の検査に講習映像や短時間の講義とは大きく性質が異なるはずだ。だがしかし、こうした性質の講習は「教える」ものではないという信念も強い。よりよい「授業実践」や「授業方法」を紹介し”教え”れば、それを真似ることで授業がよくなる訳ではないからである。

肝心なのは、授業や教材に向き合う「教員としてのわれ」ではないかといつも思っている。更新講習において「この物語教材は、かくかくしかじかの物語です」と一方的に教えられても、受講者の今後の授業のために有効なのか?「ある学校で実践されたこういう方法の有効な授業がありました」と紹介されて、受講者各自が勤務校に帰ってそれをそのまま実践すれば、「よい授業」になるのか?答えは「否」であろう。それは「教材」も向き合う「学習者」たる子どもたちも「生きている」に他ならないからである。ゆえに教材を「生きた」感覚で体験し直す営為がなければ、明日からの授業の糧にもなるまい。こうした趣旨から、この日は小学校定番教材の「ごんぎつね」と「大造じいさんとガン」を題材にして、班別の群読劇作品を創作してもらった。受講者各自が、「われ」を起ち上げて今一度これらの教材に向き合い、受講者同士の中で自らはどのように教材について考えたか、という思考の傾向を捉える。その”再現営為”によって子どもたちがどのように教材を受け止めるかを再認識することもできる。「音読・朗読ワークショップ」と講座名に唱っているが、それすなわち「教材解釈」の深化を図る講座でもあるのだ。

小手先ではない物語体験者となる
「音読・朗読」も技術にあらず
あらゆる「文学」に向き合う「われ」を起ちあげること。
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