対話性を奥深くみる授業

2017-07-01
「主体的・対話的で深い学び」とは
「授業」の見方が大きく変化した
個々の学習者の中にある奥深さに分け入って・・・

2日間にわたる学部附属中学校の公開研究会にて、研究主題は「社会で活きる汎用的な資質・能力の育成を視野に入れたこれからの教科指導のあり方〜各教科における「主体的・対話的で深い学び」をとおして〜」であった。この日は、国語科の公開授業と分科会が開催され県教委の指導主事の先生とともに「指導助言」の役も仰せつかった。中学校2年生で実施された公開授業は、班ごとになった各部活動の「CM」作りを他班に「発注」して、「受注」した側は発注者の意に沿う「CM」を製作しプレゼンテーションをするという活動を中心にしたものであった。公開授業の本時は、四名の各班で用紙にキャッチコピーや絵図を作製し、それを仮にプレゼンした後にその内実について「発注」側と「受注」側が対話を深め、よりよいプレゼンに改善する糸口を見つけ、さらに深く考えるとともに、そこで実施された「対話」のあり方を客観的に見つめ直し、自らの「話す・聞く」がどのような状況であったかを見つめるという点に大きな特長があった。

さて、ここで重要であるのが「授業」そのものの見方であろう。公開授業参観となると、概ね教室の後ろとか両脇から「授業」の全体像を観察することが多いが、上記のような内容の「授業」において、それでは内実をほとんど理解することはできない。各班の「対話」の内容がどのように深まりを見せて、さらには各学習者の言動の具体相がどのように交流して思考が変容しているかを観る必要があろう。このような意味で、様々な班の「対話」を観たいという衝動を抑えながら、ある班に終始張り付いてその「対話」の内実を観察することにした。小欄ではその具体相についての記述は控えるが、指導助言で「公開」した内容を一部記述しておきたい。学級全体であれ各班の中でも、自ずと「対話性」の深い学習者と浅い学習者がいるのは必然である。だが相互の刺激によっては、深い者はより深く浅い者も深い領域に及ぶことが可能となる。「四人一班」の構成をどうするかも授業戦略として重要であるとともに、自由に考えを交流できるということを学習者に根付かせることも重要である。もちろん「話し合い」には一定のルールがあるが、相互に挙手・指名をしていても不毛な答弁に終始してしまうのは、今や「政治」舞台を見ていて辟易としてしまう。四名という構成要素が、まさに「主体的」に自らが「今」考えたことを言葉にしていくことで、相互の考えが深まっていく。このように級友とはいえ、その内なる「他者」に気づき、その言動に接触して自らの考えそのものに気づいてこそ批評性や創造性、そしてメタ認知力につながり、「社会で活きる」力が育まれることになるであろう。

もはや「教室」の構造も変化を望みたい
授業中は「静かに聞く」から「主体的に話す・聞く」へ
あらためて歌会・朗読会などが、必然な「対話的」な場であることを確認できる。

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