椎葉村が語りかけるものーその2

2017-05-14
金属化する社会
木材の強度の秘密
最初に寸断されるのは「国道」という必然

昨日に引き続き、椎葉村で考えたこと。平家落人伝説の鶴富姫の御在所であった、鶴富屋敷を見学した。現存するものは約300年前の江戸中期に建造されたものであるが、それにしても澤の上に切り立った崖の続く村の地形を活かした並列(横並びに部屋を配列していく構造)の木造建築として、重要文化材に指定されている。さすがに茅葺は既に管理や修理が難しいということで、銅版が貼られて保護されている。併設する鶴富旅館に宿泊したということで入場料は無料、特別に部屋の内部まで綿密に見学をさせていただいた。その柱や梁の剛強そうな様子、そして扉や戸棚も一枚板で木目が綺麗に表面に見える。今回の出張に同行した先生が木材加工の研究者であるため、様々に専門的な解説も聞くことができた。中でも、「木材」と「金属」との比較の話には興味を覚えた。そこには眼の前にしている、この300年が経過した木造住宅の秘密を垣間見る思いがした。

「木材」とは元来、その構成要素は「スカスカ」であり、粒子が詰まって構成されているわけではないと云う。確かに木材は水も吸収し、呼吸をしているような感覚は理解できる。それに対して「金属」というのは粒子が最大限に細かく詰まっているのだと云う。それゆえに、僅か小さな傷が生じても、そこを起点に大きな亀裂が生じてしまう。これが嘗ての航空機事故でもその原因と指摘された、所謂「金属疲労」である。この話を聞いた時、近代以降の人間は「金属」を過信し過ぎて来てしまったのではないかいう思いに至った。もちろん、現在の生活を考えるに「金属」なしは考えらえない。小欄を成立させている要素を考えても、「金属」は必須である。だがしかし、このくにの多湿な気候に適応する住宅環境というのは、木造が最も適していたのではないか。さらに敷衍して考えた時、近代化と高度経済成長を経て、物質的な材料の「金属化」のみならず、社会そのものが「金属化」したのではないかと痛切な思いを抱くに至った。

それは仕事でも生活でも、綿密に「詰め込む」ことをよしとして、余裕のない追い立てられる社会にいつのまにかなってしまったということ。まさに「現代」では、それに「人」が追いついていない事例をいくつも目にすることができる。それでもなお、「経済」というエンジンを空吹かしし続け、さらなる「金属化」した社会へ向かおうとする幼稚で愚昧な政の舵取りを制止させることができない。「木材」は生きている、もちろん「人」も生きている、では「金属」は?ということであろう。折しも鶴富屋敷見学後に、椎葉村のある女性の話を聞くことができた。こちらが帰路の道路事情などを尋ねると、「台風などの時は、真っ先に『国道』が寸断される」のだと云うのだ。ところが「昔からある道は最後まで通れる」と、祖父などから教えてもらったという話である。要は「金属化」した発想で造られた道は、自然災害に対して誠に脆弱であるということだ。自然に逆らい山に穴を貫通させ、「合理的」と仮定した場所に無理をして道を通す。そこには自然に対しての畏敬はなく、それゆえに自然の力によって否定される要素ばかりということになる。何百年という歴史の中で培われた場所の選定によって造られている従来からの道は、まさに自然との共存を意図して造られて来たわけである。風俗博物館で見た椎葉村の伝統的な年中行事を鑑みるに、そこにはまさに「自然」を神と崇めて畏敬する、謙虚な精神が垣間見えるのである。

近・現代人が失ってしまったものは何か?
21世紀はそれを見直す時代ではなかったのか?
椎葉村という小さな村に、大きな気づきをいただいて帰路についた。

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