椎葉村が語りかけるものーその1

2017-05-13
壇ノ浦源平合戦
源氏方の勝利から逃れ九州の山深い村に
平家落人伝説の村が語りかけるものとは・・・

宮崎に住んで5年目となるが、未だ訪れていない場所もないわけではない。まさに「秘境」椎葉村もその一つであった。今回は出張で行くことになったが、その地にまつわる平家落人伝説については、講義などで『平家物語』を扱うたびに話していた内容である。壇ノ浦合戦での平家方敗北の後、「滅亡」とされた平家一門であるが、源氏方の目を逃れて落人となった人々が、九州は山深くに逃げのびたのである。なかでも平清盛の血を引く鶴富姫は、現在の宮崎県東臼杵郡椎葉村まで落ちのびたのだと云う。その後、源氏方にその情報が知られることになり、源頼朝は『平家物語』「扇の的」の下りで著名な、那須与一に追討を命じる。だが与一はその折、病に伏せっていたので、弟の大八郎が追討に赴くことになる。椎葉村まで来た大八郎が見たものとは、平家落人らの質素な農耕生活ぶり。それを目の当たりにして大八郎は、討伐を断念しこの地でともに暮らすようになったと云う。

やがて平家方の鶴富姫と那須大八郎は恋仲となり、姫のお腹には大八郎との子どもを授かることになる。だがこの期にして非情にも、大八郎には都へ帰還せよという命令が下る。身重の姫を椎葉村に置いたまま、やむなく帰還することになった大八郎は、「男子ならわたしのふるさとへ、女子ならこの地で育てよ」と言い、那須家の一本の刀を託す。その後、姫は女子を出産しその娘に婿をとり、「那須」姓を名乗らせたのだと云う。概ねこれが、椎葉村の落人伝説である。今回は、この鶴富姫からして32代目の那須さんが経営する「鶴富旅館」に宿泊した。旅館の横には、約300年前、江戸中期に建てられた「鶴富屋敷」がある。こうした土地まで赴くにあたり、その道は誠に険しく、車の運転には大変神経を使った。さらには低気圧の通過に伴う豪雨も相まって、厳しい条件での山道走行となった。だがしかし、この便利便利な現代にあって、簡単には行くことのできない「秘境」があることの意味を、深く考えさせられた。政治は常に権力を握った者が、「正義」を翳すのである。まさに「勝てば官軍負ければ賊軍」。それゆえにこうした人里離れた山間部には、権力には無関係の場所が存在してもいいのではあるまいか。那須大八郎(源氏方)と鶴富姫(平家方)の愛は、現在の中央が一極集中で国民を「管理」しようとする世知辛い世の中に対して、何か実に大切なものを語り掛けているように思われた。

交通をただただ速く便利にすればいいのか?
椎葉村の生活はまさに自然との共生
穏やかな日本の「桃源郷」に心を洗われる思いであった。

つづく。

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