第311回心の花宮崎歌会ー徹底議論の「生きる対話」

2017-05-07
「ベビーカーの素足の春に乗り合わせ昇降機内みな頬緩む」
「やりきった表情をした参考書たばね置かるる三月の路地」
「再現可能性のはなしをするならば科学に非ず父のとんじる」

連休中ながら原則第一土曜日の宮崎歌会が開催された。今回は宮崎大学短歌会からも学生4名が参加し、詠草も提出し議論にも活発に加わった。何事でもそうであるが、現在の日本では世代間交流の活性化が何より重要であると思われる。そうした意味で歌会というのは、自己表現をどれだけ他者に深く伝えるかに眼目があり、また個々の表現を精緻に読んで理解しようとする上で、忌憚のない議論が展開されることから、単なる「交流」を超えた大きな意義があるように思われる。学生たちの今後の成長を考えても、こうして様々な分野の社会人の方々と接することが、この上ない財産になるであろう。冒頭に掲げたのは互選票最多6票の歌(2首目)と、伊藤一彦先生の「今日の五撰」になった歌(1首目は互選4票、3首目は互選2票)である。ここに、学生の歌が一首入ったのも誠に嬉しい限りであった。この三首を読むだけでも、前述した「世代間交流」が豊かであったことを感じていただけるであろう。

今回の詠草は四十五首と多かった。お客様として日頃は東京歌会にご出席の方もお出でになり、また新年度の仕事上の異動で宮崎にお帰りになった方などが加わった。毎度当宮崎歌会の特徴であるが、忌憚のない意見が飛び交う。そうした中で「社会詠」に対して、どの範疇まで議論するかという点において、緊迫し白熱した議論となった。この議論に関しては、懇親会の場でも継続され個々の参加者の真摯な意見が身に沁みて感じられた。所謂、若者風な言い方をすれば「重い」内容ということになろうが、だからこそ「この歌会の場で徹底議論すべき」という意見には心を打たれた。短歌を通して私たちは相互の「人生」を考えている。まさに「生きる対話」をしているのだ。最近読んだ高山邦男さんの歌集『インソムニア』(ながらみ書房2016)の「あとがき」に記されていたが、「(歌は)詩的救済、自己救済」であると云う。高山さんの場合は、東京のタクシー運転手という仕事を詠んだ斬新な着想の歌に惹き込まれる。これほどに「現在の私」の「生きる」を丁寧に深く精緻に見つめ合う機会など、他に考えらえないほど短歌や歌会の意義は大きいのではないかと再認識させられた。こうした意味からすると、自らの詠草は、あまりに自己満足の観念に陥っていたことに気付かされた。

密度の高い時間が流れる
心の花宮崎歌会に参加できる幸せを噛みしめる
来月の歌会は晋樹隆彦さんが東京からお見えになる、今から楽しみである。
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