「カメラ」を欲しかったあの頃

2017-05-05
一台のカメラ
全体はベージュで太く大きなシャッター
小学生の時、どうしても欲しかったもの

かの昭和時代にはスパイ映画などを観ていると、主人公が決定的瞬間や機密書類などを、超小型の携帯カメラで撮影する場面などがよく設定されていた。そこにしかない「現実」をそのまま写し撮って他の場所で「利用」できることが、どれほどに貴重なことであったか。それが今や多くの人が日常的に「カメラ」を携帯するようになり、どんな情報でも手軽に撮影できる時代となった。大学で学生の様子を観ていると、掲示板の情報や講義のスクリーン・板書なども撮影(スマホ)で済ませる向きも多い。指導者側のデータ整理と保存上では、講義中に学生たちがグループで対話した際のメモやプレゼン用ボードなどを撮影しておくことができるという利便性は誠にありがたい。またタブレットを使用すれば、必要な写真を手軽に講義でプロジャクター投影することができる。こうした利便性の反面、プライベートの保全などの上で悪質な行為にもつながりかねず、例えばジムにおいては携帯は使用禁止(使用できる場所が限定)になっている。(それでも持ち込んでトレーニングか画面を見ているのか見分けがつかない者もいる。)

母と電話で話していて、「一台のカメラ」のことを思い出した。確か小学校4年性の時、「カメラ」が欲しいと言って地団駄を踏んで母親にねだった。それは学級の中で「新聞係」に自らなって、学級新聞を作成するので、そこに何らかを取材した写真を入れようと考えたことが理由である。それも、「新聞係」の中の他の者が「カメラ」を所有していて「自分だけが撮るから他の者は撮ってはならない」と言ったことを子どもながらに理不尽に思い、むしろ「自分が撮ってやろう」と強く思ったことが大きな動機であった。今思えば、あの頃から新聞作りなど報道・文筆的な方面に興味があったことを再確認するエピソードである。結果的に学級新聞には写真が掲載されることはなく、自分たちで見聞したことを絵に描いて発行したと記憶する。たぶん僕たちの「カメラ騒動」を担任の先生が察知して、新聞には「絵」で描くことを求めたのだと思う。そのお陰でむしろ自分たちの捉えた「絵」と「文章」が学級内の読み手によく伝わったように思える。もちろん、一流の写真家の方の撮影には表情がある。だが現代のように安易に大勢の人が撮影する写真は、他者に真実を伝えているのかと疑いたくもなる。情景には表情があり、そこには「ことば」でなければ捉えられず伝えられないものが含まれる。小学生だったあの当時に自覚はなかったが、機械的撮影という手段を手にいれたことで、むしろ「ことばの力」をどこかで自覚したのだと今にして思う。短歌を詠むようになった今では尚更、「写真」以上の表現を目指している自分に気付かされるのである。

連休の青島
雨もまた心が和む
あの「カメラ」が、今の自分の「ことば」に連なっている「意味」があったとは・・・

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