fc2ブログ

酒なしにしてなにのたのしみ

2017-04-24
「人の世にたのしみ多し
 然れども酒なしにして
 なにのたのしみ」(若山牧水『くろ土』より)

「遅いね!」ホテルの朝食会場へ行くと、一足先に食事を済まされた佐佐木幸綱さんから、ダンディな声でこのように声をかけられた。「朝はブログを書く習慣がある」などと野暮な返答をするにもあらず、昨晩の酒のおかげで幸せな睡眠がとれたと言わむばかりの顔つきで応じた。それは「歌壇酒徒番付」の「東の横綱」に対して歌では「幕下付出」のような若輩者が、温情あるお言葉を受ける至福のひと時であった。昨日の小欄に記した「ほろよい学会伊丹大会」は名称どおりに、鼎談・座談会後の交流会が本番であり、地元伊丹の清酒が飲み放題。鼎談で弁舌を奮われた俳句の朝倉さんと席を同じくたり、宮崎県は延岡市の首藤市長や教育委員会文化課長などとも名刺交換ができて、大いに酒の恩恵を受けた。「ほろよい」とは、「酒に少し酔うこと。いい気持ちになる程度に適当に酒に酔うこと。」と『日本国語大辞典第二版』にもある。だがそれはあくまで「横綱」次元での「ほろよい」なのであり、交流会が終わればまたリセットされて「0」からスタートという、誠に楽しい「感覚」である。

「西の横綱」はどなたかといえば、宮崎の伊藤一彦さんである。昨日の小欄から、こうした偉大な歌人の方々を「さん付」で表記しているが、これもまた「ほろよい学会」の流儀。確かに歌人同士では著名な方でも「さん付」をよく耳にするので、宮崎歌会などで小生を「先生付」でお呼びいただくと、むしろ恐縮してしまう。(前回は俵万智さんに「先生付」で呼ばれて誠に恐縮した。)話は戻り、交流会後は両横綱や坪内稔典さんらも参加してホテルのラウンジでウイスキーグラスを傾ける。関西圏の方々は、次第に帰路の電車が気になる時間。その場もお開きとなったが、さらに東西横綱相撲は続く。幸綱さんのご次男・定綱さんとともに何と四名で近所の居酒屋で卓を囲み、あらためて地元銘酒の辛口「老松」を四人で一升近く。その翌朝が、冒頭に記した幸綱さんの言葉の「意味」である。幸いにも新潟出身の母の遺伝子を受け継いでおり、酒の付き合いだけなら「横綱」の「お付き」ぐらいは務められる。伊藤さんには「歌が上手くなる資格ありだね」と言われて、これまた幸せなお言葉に酔った夜更けであった。

ちなみに、時代とともに「酒」が「悪者」になる傾向がある。小生らが学生時代からすると隔世の感がある。こうして小欄などに「酒」の話題を記すだけでも、「研究室ブログ」を標榜しているだけに「難癖」がつけられるかもしれない。米国在住の親友にこの「ほろよい学会」のことを知らせると、公に「酒」のことを語り合う会など、米国では考えられないという返事をもらった。例えば「お花見」のように公道たる場所で、「酒を飲む」ことも米国ではご法度だと云う。酒屋でアルコール類を購入するときは、身分証明書の提示が徹底されるし、球場でビールを買う際に、白髪の老人までも身分証明書を提示する徹底ぶりだ。その割には、球場の帰り道に車を運転している人が多いと矛盾を感じる、まさに「自己責任」の国である。「ほろよい」とは、誠に洒落た語彙。その恩恵で、人との付き合いが確実に深くなる。建前が横行する横並び社会、模範性ばかりが問われると人と人とがぎくしゃくする。酒は何よりも、こうした人付き合い・コミュニケーションの潤滑油である。この話題はいくらでも書けそうであるが、今日はこのあたりで。

爽快な晴れ間の宮崎に帰る
偶然ながら、伊藤さんと同じ便であった
酒と短歌がまた人生に深い意味を与えた。

関連記事
スポンサーサイト



tag :
コメント:












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック:
トラックバック URL:

http://inspire2011.blog.fc2.com/tb.php/2725-cadff485

<< topページへこのページの先頭へ >>