「酒と短歌と俳句と川柳」ー第15回日本ほろよい学会伊丹大会

2017-04-23
清酒発祥の地・伊丹
短詩系と酒はいかに語られるか
「酒のおかげで人生が少し深く生きられる」

「それほどに楽しきかと人の問いたらばなんと答えむこの会の味」と牧水歌のパロディを語りたくなる「学会」、「日本ほろよい学会伊丹大会」が開催された。清酒発祥の地、江戸時代には70軒の酒蔵があったが、大正の終わりには25軒。だが今もなお関西圏の酒どころとして知られる伊丹の地。牧水もまたこの地を訪れて、銘酒たる「白雪」を楽しみにしていたと云う。「手にとらば消なむしら雪はしけやしこの白雪はわがこころ焼く」の歌碑が、小西酒造の販売店前に建っている。伊丹市は現在「ことば文化都市」とされて、歌人や俳人たちが古来から通行した交通の要所として俳諧古典籍の所蔵で著名な柿衛文庫もある。冒頭でこうした伊丹市について、郷土史研究家の森本啓一さんから講演があった。その後、最初の鼎談は「女性と酒ー働き盛りの女性歌人、俳人が語る」である。コピーライターから出発した川柳の芳賀博子さん「グラスからふわりと浮かびあがる駅」の作は、心象風景が蜃気楼のように立ち上がるように読める。俳句の朝倉晴美さんは、詩から出発し現在も小学校の教員、「夫でない人と呑むジン花曇り」の句が粋である。 そして、昨年の心の花京都宮崎合同歌会でのお世話になった歌人の塚本瑞江さん「ハナタレをバクダンと呼ぶ三杯目砕けた時をもろともに飲む」の歌は鮮烈である。「ハナタレ」は日向にある酒蔵の40度の焼酎の名前。こうした三名の代表作を比較すると、予想に反し俳句や川柳の方が穏やかな酒を詠み、短歌が一番酒らしい酔い方が表現されていたという結果になった。俳句では「ボジョレ・ヌーボー」は季語になるなど、洋酒を詠むことも女性の手になることが多いような。女性が積極的に「酒だ」という歌はまだ少ないという印象であるようだが、こうした公の鼎談で女性が「短詩系で酒を語れるようになった」ことそのものが、新たな時代を感じさせるという年配の方々の意見もあった。

さて「大かたはおぼろになりて吾が眼には白き杯一つ残れる」という石槫千亦の歌は鮮烈な酩酊の印象がある。後半は、スペシャル座談「酒の短歌、酒の俳句」となる。酒と短歌とくれば、まずは佐佐木幸綱さんである。「徳利の向こうは夜霧 大いなる闇よしとして秋の酒酌む」「人肌の燗とはだれの人肌か こころを立たす一人あるべし」などの酒の作があり、牧水が作った酒の歌380首を、数で越えたと云う。牧水研究の第一人者である伊藤一彦さんも幸綱さんの歌について、「人肌の」とは「誰の?」と洒落ながら、「秋の酒酌む」については「秋は新酒が出た」からであり「酒を飲んで知る人生の寂寥、悲哀、それを乗りこえる歓喜があって、酒の向こうに何かが見える」という感覚が鋭いと指摘した。その伊藤さんの歌に「味酒の身はふかぶかと酔ひゆきて待つこころなりいかなる明日も」がある。やはりこの一首にも人生が見える。その伊藤さんに対して幸綱さんは、「(宮崎で)いい空気吸ってる人の方が酒は強い」と洒落たコメントも。いずれにしても心の花のみならず、歌人酒豪東西横綱揃い踏みの座談が展開した。俳句からは宇多喜代子さんが参加「妙齢の女性が酒の話を公にできるようになった」と感慨を述べる。「酒は常温」と主張する宇多さんの句には「鮟鱇の性根をたたえ昼の酒」などに奥深さが感じられる。この座談の司会は、坪内稔典さんで「泥酔い学会」などと洒落ながら、ユーモアある進行が心憎い。「和歌には酒が少ないが、漢詩には酒が詠まれる」と李白の詩などを例に挙げ「琴詩酒を三友」とした漢籍の定石を紹介した。

座談はさらに興に乗り「事わかず疑しげくなる時は壺の口より酒にもの問ふ」という牧水と交友のあった吉井勇の歌を伊藤さんが紹介。さらには啄木の「汪然として/ああ酒のかなしみぞ我に来れる/立ちて舞ひなむ」と酔狂の中に踊る歌を挙げる。なかでも「北原白秋や前田夕暮は酒も強かった」と幸綱さん。「牧水と啄木は悲しくて踊る」のだが、「白秋は翳りがなく本当の天才」だとも。「心の花は酒が強いと歌も上手くなる」という「流儀」があるという信じてみたい話題も。だが最近は「酒と文学が遠ざかってしまった」というのだ。せいぜい「第三の新人頃まで」は、編集者として幸綱さんも作家との付き合いが面白かったと云う。伊藤さんは「自分のなかから突き動かされる「あくがれ」の強さ、その衝動そのものが弱まったのでは」と指摘し、現代を生きる若者を聊か心配する発言も。牧水の酒の歌は平明で愛誦性もあるが、「短歌革新から前衛短歌までの70年間だけに成立した歌」と幸綱さんの指摘。「牧水歌には音楽があり覚えやすいが、第二芸術論で否定されたように、リズムの魔力に捕らえられているところが、長所であり短所である」とも指摘された。それにしても牧水の「酒やめてかはりになにかたのしめといふ医者がつらに鼻あぐらかく」「妻が眼を盗みて飲める酒なればあわて飲みむせ鼻ゆこぼしつ」といったユニークな歌はやはり読んでいて面白い。座談の最後に「酒と短歌の今後の展開」について、「酒の歌がなくなったら短歌はつまらなくなる 恋の歌も少なくなるのはどうか」という指摘も。「今の若者は感覚の歌が多くなったようだが、感情の歌もある」とも。「恋・酒・旅」などのテーマが、再び「ルネサンス的にリバイバルの時代も来る」という話題も出た。

来年は牧水の訪れた水上町でほろよい学会
俳句の宇多さんが最後に「(最近は)さらっ~とした句が多い、しっかりせいや!」が印象深く閉会となった。

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