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「今も宇宙を走りゆく」〜今こそ忘れてはならぬ「光」

2017-04-19
「おそらくは今も宇宙を走りゆく二つの光水ヲ下サイ」
(岩井謙一『光弾』より)
ヒロシマ・ナガサキの光は今も・・・

既に日本海側の地方では、万が一に備えて「避難訓練」をはじめているとTVの報道で見た。北朝鮮の核開発やミサイル発射にあたり、米国トランプ政権が対抗的措置に言及したことで俄に「休戦中」の朝鮮半島情勢が緊張している。さらには米国のシリアへの急な攻撃もあり、現実に世界情勢が”キナ臭く”なっている。われわれ人類は、せめて20世紀の悲惨な戦禍の歴史に学び十分に懲りてきたはずではなかったのか。僕自身が幼少の頃に見た「21世紀の未来」を描くアニメなどでは、「世界連合」ができて国境を越えて愛と友好に溢れた「地球」が想定されていたが、どうやらそれは「幻想」に過ぎなかったのだと悲しい思いになる。少なくとも無用な「恐怖」を煽り立て「敵」を作り上げて、「国益」などという自国の利ばかりを最優先する発想が、いかに「子どもじみた」ことかを知るべきであろう。いや「子どもじみた」では、現実の「子ども」に申し訳ない。「愚劣の極み」「愚の骨頂」とでもいった方が適切か。

冒頭に掲げた岩井謙一の短歌は、原爆の閃光を詠ったもの。ヒロシマ・ナガサキに投下された原爆の光は、「今も宇宙を走りゆく」のだという。「光」は永遠になくなることなく、何光年の距離を「走りゆく」ということ。現実にその「光」をわれわれは知る由もないが、極めて理にかなった詩的現実として、人類が心に刻んで止むべきでない想像の「光」であると読める。結句の「水ヲ下サイ」は、教科書などでも著名な原民喜の詩の一節を踏まえている。原爆の閃光で焼かれた生き地獄の渦中で、多くの個々の人々が「水ヲ下サイ」という痛切な希望を口にし思いながら尊い命を落としたことだろう。そんな個の命の尊厳を原民喜の詩は、語り続けている。戦禍に犠牲となるのはいつでも弱い民であり、未来ある子どもであることも少なくない。シリアでの映像には常に胸が痛むが、「兵器に兵器」で対抗すればさらに罪のない人々が犠牲になる。21世紀の「叡智」として、せめて「ことば」による対話と想像力で、無用な諍いは回避すべきなのは自明だ。

だから僕たちは「ことば」を信じる
眼の前の人と「ことば」でわかり合う
愚かなるリーダーたちに翻弄されない「ことば」を持ち続けたい。

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