あの道を歩んでいたらー映画「ラ・ラ・ランド」雑感
2017-04-17
「今現在」に至るまでには誰しもいくつもの岐路があったはずである
もしあの道を歩んでいたならば・・・
人生に「たられば」はないとは思いながらも、それを思考し想像するのが人間である。後ろを振り返ることは、果たして「後退」とだけ捉えられる行為なのだろうか?「あの日あの時」の一つの決断が、紛れもない「今」に連なっているのだとすれば、「振り返る」ことも「現在」を見直す隠された指標を見出すために有効かもしれない。「振り返った」としても、決してその「過去」は塗り替えることはできない。「後悔の念」の渦中に沈むのではなく、「現在」と「未来」に向けて、「今」も進み続ける見えない「道」に光を当ててくれるヒントがあるかもしれない。新年度の仕事の喧騒で2週間ほど走り続けたゆえ、しばし心も沈める必要があろうかとゆっくりした休日。アカデミー賞6部門を制覇した「ラ・ラ・ランド」をようやく映画館で観た。
二人の出逢いから楽しい日々、そして別れと5年後が「春夏秋冬」に振り分けられて美しい音楽とともに奏でられる、さすがに見応えのある作品であった。西洋の映画でありながら、四季を比喩的に描いた点も興味深い。先日の宮崎歌会でも、二首ほどこの映画を詠んだ歌があり、そのうち一首は俵万智さんの作品であったゆえに、映画の内容がたいそう気になっていた。「短歌」にも「人生」が乗っているのだとすれば、前述したような「道」を意識しないではいられない。短歌という珠玉のことばで「その時」の「心」を捕捉しておけば、きっとその先の「道」を歩む時に、大きな心の支えになるはずだ。映画では特に「5年後」の回想シーンには、自分の「5年間」を考えさせられた。もちろん「5年間」は積み重なり「10年」そして「15年」もあるわけで、それはまさしく「人生」の方向付けに決定的な意味を持っていく筈である。
「今」もまた常に「5年後の岐路」である
日々を「短歌」にして「未来」を照らす指標となれ
そしてまた音楽があって人生を彩る、ということも再確認した映画であった。
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