卒業するゼミ生へー豊かな人間性をもった教員たれ

2017-03-25
卒業証書授与式にあたり
ゼミ第3期生5名を送り出した
毎年のように思う自らの指導の定点観測日

宮崎大学・大学院の卒業証書・学位記・修了証書授与式が、シーガイアコンベンションセンターで挙行された。今年度は教務担当ということもあって、受付の仕事があり早朝より会場へと出向いた。次第に卒業生たちが受付台の前にやって来る。専攻の学生のみならず、講義科目で担当した学生たちが華やかな衣装に身を包み、人生の大きな節目の日を迎えたのだという感慨が込み上げて来る。その顔・顔を見ていると、講義の発表でこんなことを発言したとか、こんな作品を朗読発表していたとか、個々の記憶が穏やかに蘇る。一講義担当者として、どれほどに個々の学生たちの「記憶」として「学力」として、何かが遺っているかというのは、実はとても重要ではないかと思う。小中高校とは違って遥かに多くの担当者の講義を受ける大学であるからこそ、その内容がどれほどに学生のこころに浸透しているかは、「授業アンケート」などの形式以上に講義内容の意義を表すのではないかと思うゆえである。またそれは講義内でどれほど多くの対話があって、担当者として受講者と関わった度合に左右される。聊かそんなことを考えながら、受付で式次第などを卒業生たちに手渡した。

宮崎県内小学校2名・中学校1名、大分県中学校1名、兵庫県小学校1名という内訳で、ゼミ生5名のすべてが4月から教員として現場の教壇に立つ。ゼミとあれば卒論指導が中心であるが、それと同等に様々な「体験」を提供し、現場の教壇に立つ際の「糧」を提供したいと強く思っている。更には大学生として社会人として巣立つにあたり、人間的にどれほどに成長するかという点もゼミ指導の役割ではないかと思われる。よって研究室内での活動のみならず、短歌関係のイベント・芸術家派遣活動・公開講座補助などへの参加を通して、多くの分野の人々と出逢う機会を多く持つようにしている。人は出逢いの数だけ、人生が豊かになるはずである。たとえ当初は「違和感」を覚えたとしても、それが刺激となって人間としての厚みとなって来る。仲間内というのは、分かり合えて助け合う人々として有効であるが、内輪のみに安住していると、知らぬ間に頽廃への馴れ合いが生じてしまう。「可愛い子には旅をさせろ」の諺通りに、異質なものと出逢う経験を学生時代にすることが実に重要だと思うのである。「授業」の技術に長けるのみならず、何より人として信頼される教員となって欲しい。「豊かな人間性をもった教員」それがゼミで学ぶ主眼であり、僕自身の信念でもある。

1週間後は「先生」となるゼミ生
彼らからは、僕自身の現場経験が豊富な点を称えてくれる言葉も
このくにに豊かな人間性を諦めないためにも、一人一人の教員を育てる決意もあらたに。
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