17年WBCテレビ観戦に思う

2017-03-08
球場に足繁く通っていた
今はキャンプ地の住民に
通算4回目のWBCをテレビ観戦して

もう11年前のことだ。まだ「侍」などとも呼ばれていない頃、イチローを擁する日本代表が、一次ラウンドで韓国に2対1の僅差で負ける試合を東京ドームで目の当たりにした。かろうじて二次ラウンドへ進出した日本代表は、米国戦でイチローの先頭打者HRに奮い立ち、勝てる可能性ある試合であったが「世紀の誤審」で犠牲フライの得点が認められず、試合の流れを掴めずに敗退。当時の王監督は「野球発祥の国で、このようなこと(判定)があってはならないことだ」と会見で心境を吐露した。その抗議の際の迫力と闘魂こめた眼差しによって、むしろ選手たちにも火がついたのだろう。メキシコが米国を僅差で破る波乱によって、日本は準決勝に進出し再び韓国と決戦を交えて、東京でのリベンジを果たした。決勝もキューバと壮絶な闘いとなったが、終始、優位に進める展開で第1回目の王者の座を手にした。

09年はWBCといえばこの場面、決勝韓国戦でイチローの中前適時打で2点を勝ち越し延長戦を僅差で制して2連覇を果たした。僕はその歓喜に沸くドジャースタジアム(米国LA)で、その光景を目の当たりにした。仔細に書くならばこの観戦に至る経緯には様々な波乱が僕の中にはあるのだが、それは心のうちにしまっておくことにしよう。いずれにしても第1回第2回WBCへの思い入れは半端ではないものがあった。もちろんこの2大会の記念DVD資料は、今も自宅に大切に所蔵している。第3回大会は、ちょうど僕が宮崎に赴任する春であり、引越先の手配や車の購入手続きなどをしながら、日本代表キャンプを観覧するという機会に恵まれた。もちろん東京ラウンドの試合は、日本代表戦のみならずすべて観戦した。結果は周知のように、あまり納得がいかない試合展開での準決勝敗退であった。

そのWBCの4度目の大会が、昨日から始まった。事実上、初めてともなるテレビ観戦をしたが、だいぶ参加国の野球事情も変わってしまったように感じた。MLB選手となることが解禁されたことの影響もあるのか、キューバ代表は過去のような繊細かつ力強い野球は影を潜めてしまった。また他の組で地元開催一次ラウンドを闘っている韓国代表は連敗し、二次ラウンドへの進出も絶望的となった。オランダ・イスラエルなど新たな国が力をつけてきた反面、第1回第2回大会の活躍を契機にMLBに選手を供給することになった国々では、「代表」チームが自ずと弱体化していることが否めない。「日本代表」も例外ではないが、MLB球団に所属する選手たちは、「チーム」を最優先して「代表」には入らないという傾向が強いからだ。

かくいう僕自身も、03年頃からはほとんどWBC以外はMLBの野球ばかり観戦している。折あるごとに複雑な心境になるのだが、思うに、やはり「日本野球」がどのように変わっていくかという課題が突きつけられながらも、この10年間で大きな変化がないとも言えるのではないだろうか。メディアは「世界一奪還」などと仰々しい言葉で「日本代表」を鼓舞するのだが、4年ごとの国際大会でその都度考えるべきは、「優勝」といった栄誉のみならず、このくにの社会で「野球」をどのような方向に位置付けていくかを、真摯に考える機会であるように思えてならない。

箱庭の人工フィールドでの野球
日米の差は、力というより理念の差であろう
凡打にも大きな歓声が沸く大衆迎合的な環境が、このくにの「今」を映してはいないか。
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