大切な言葉は今も/胸にのこれど

2017-02-15
「かの時に言いそびれたる
 大切な言葉は今も
 胸にのこれど」(石川啄木『一握の砂』忘れがたき人々 より)

いつしか後期授業も終わり、大学は試験期間に入っている。研究室の机上には担当講義のレポートが山積みとなっており、諸々の会議と並行しつつ評価を進める。同時に、提出した原稿の校正作業や次年度のシラバス作成など、多重な時間が錯綜するような作業空間で過ごす日々でもある。その合間に諸々のメール連絡や事務作業など、決して落ち着く暇や余裕があるわけではない。されど、忘れ難きは短歌であり常に心の揺れが生じないかとアンテナを張りつつ、ことばを探している。むしろそんな感覚が、無味乾燥な日々に潤いを与えてくれているようにも思う。

こんな喧噪の中にも引き続き、岩波文庫『新編 啄木歌集』(久保田正文1993)を座右に置いている。三行書きの改行に愁いが漂い、ついついその歌のことばを抱き締めたくなる感覚がある。寝床にも持ち込み夜灯を消すまでのしばしの時間、ふとそんな思いであることが幸せなのだと感じた。平明でわかりやすいことばに滲み出た様々なこころの動き、『一握の砂』序の記述にも見えるように「こういう種も仕掛もない誰にも承知の出来る歌」が、まさに近現代短歌を開拓した力なのだと感得できる。小欄冒頭に記した歌などは、誰のこころにも常にそんな思いがあるようで、まさしく「長い時間」を語り出し人生に響く歌である。そしてまた、僕の感性ならではの大きな発見もあった。この点に関しては、しばらくは胸のうちに秘めておくことにする。

「かくばかり熱き涙は
 初恋の日にもありきと
 泣く日またなし」(石川啄木『一握の砂』秋風のこころよさに より)

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