「強靭」の本質とは?

2017-02-10
「しなやかで強いさま。柔軟でねばり強いさま。」
(『日本国語大辞典第二版』より)
「其の強靭の繊維の力が脆く成って」(『土』1910 長塚節の用例から)

TVニュースを観ていて「強じん」という語彙・表記が気になった。例によって「ひらがな」で「じん」と、談話が文字化されて画面に映し出される。また「きょうじん」という音の響きは、「拗音+濁音」の組み合せで、聞く側に一定の強い印象を与える。音の連想からは、「凶刃」(凶悪な、また凶暴な人。)「京塵」(都の塵、転じてごみごみとしたわずらわしさ。)や場合によると魯迅の『狂人日記』に見られるような、比較的負の意味で使用される語彙さえ思い浮かぶ。「靭」の文字は元来は「なめし革」の意で「しなやかにじょうぶになめした革」のこと、転じて「しなやか」という意味の形容詞として「革のように柔らかくて丈夫である」という語感がある。(参考『漢字源』学研1988)だがしかし、どうもその本意にある印象をニュース報道におけるこの語彙からは感じられなかった。

膝などの関節を自由に動かすためにあるのが「靭帯」である。人間の身体で一番柔軟であり酷使される箇所ではないか。それだけに痛めやすい箇所でもあり、歩行や階段などに支障が出てくる場合も多いだろう。「しなやかで強い」ということは、裏を返せば「痛みやすい」わけであり、冒頭に記した『日国』の長塚の用例も、そんなことを語り出している。「靭帯」ばかりに負担がかからぬように、周囲の筋肉や骨の質それに血流なども含めて総合的に健全な状態を保つ必要がありそうだ。そのためにも栄養素への考慮や歩き方への配慮も欠かせないであろう。何事も部分的局所的に「強く」保とうとすれば、必ずその反動で歪みや脆くなる箇所が生じる。その歪みは次第に、修正できないほどに大きな齟齬になる可能性もある。「強そうに見える」箇所こそ脆いものであり、偏りによって痛みが生じるのは「膝」を考えれば明らかであろう。

語彙・表記に隠された語感
僕たちは言語感覚を豊かに、注意深くこれを読み取る必要がある
少なくとも「強さ」を豪語する輩は疑ってみたほうがよいだろう
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