吉川宏志さん歌集『鳥の見しもの』から

2017-01-30
「鳥の見しものは見えねばただ青き海のひかりを胸に入れたり」
牧水の生まれ故郷である宮崎県日向市東郷町ご出身
第21回若山牧水賞受賞

2月が近づくと若山牧水賞授賞式が気になるのが、宮崎の歳時記である。今年の受賞者である吉川宏志さんは、21回数える受賞者の中で初めての地元宮崎県出身者であるそうだ。しかも牧水の故郷である東郷町の生まれということで、牧水に対する思い入れも深いことが窺える。地元紙・宮崎日日新聞には「牧水と私」の3回連載が始まっており、吉川さんの経歴ならではの牧水歌の読み方が記されていて興味深い。(この連載記事に関してはまた別に小欄で取り上げたい)授賞式も近づいたので手元に購入しておいた歌集『鳥の見しもの』を読んだ。冒頭に記したのは歌集名に採られた歌であるが、初句の「俯瞰」という概念を和語化した表現とともに「ただ青き海のひかりを」と詠まれており、二句切れと相俟って牧水の名歌「空の青海のあを」にも通じ、宮崎の風土を感じさせる歌と読めてくる。当該歌の前には「うなばらを越えて来たれる冬鳥に潮の香りは沁みているべし」があり、海と鳥という絵の中にある壮大な自然世界への思いが読み取れるようだ。

休日とあって自宅で歌集を読むよりも、やはり海を見ながら読むのがよいと思い立ち青島海岸へと向かった。しばし海辺を散策し気温も高く優しい雨に打たれながら、波音を聞いた。「青き海のひかり」は見えなかったが、青島の影が次第にこころを歌の世界へと誘ってくれる。「書くことは思い出すこと 秋雲の透けゆくなかに死者も来ている」とあるように吉川さんの歌集には、「・・・は・・・こと」という類型の上二句が何首かあるのが気になった。テーマ性と言葉の置き換えをうまく以後の三句で歌う形式である。以下、何首か気になった歌をここに挙げておく。

「独りにてチャーハン食べる旅の夜の葱のきざみは白くつやめく」

「独り」に「旅」とくればやはり牧水を思い出すのだが、酒ではなく「チャーハン」を詠み、その「葱のきざみ」に注目した繊細な視点が面白い。僕自身が「チャーハン」好きであることからも惹かれた一首。やはり「チャーハン」は葱が勝負である。

「贄のごとき紅葉に遇えり中立とは何も歌わぬことにはあらず」

初句「贄のごとき」の直喩の解釈は深く考えさせられたが、まだ僕の中で定まってない。「紅葉」と「神の供物(贄)」という意味では、百人一首・菅公詠の「このたびは幣も」を思い出すのだが、「中立」との関係から葉の色めいた度合が多様な表現に見えるといった深い思考に誘われ、自然詠から社会詠に通じる深さを覚えた一首であった。

「戦争をしたき者らは会議ののち生赤き鮨を食べているらむ」

牧水賞受賞における選考委員の先生方の評を読むと、やはり吉川さんの歌はその社会詠が高く評価されたようだ。他にも取り上げたき歌は多々あったが、敢えてこの歌を挙げておきたい。過去に「事件は現場で起こっている」というドラマの名台詞があったが、「戦争をしたき者ら」は、いつの時代も「会議」の席にしかいない。そして「生赤き鮨」をいただくことに対する生命への感謝など微塵もない。再び、庶民感覚から遠ざかった政治家が薄ら笑う世の中になってしまったことへの、喩えようのない恐怖を思うに至る歌のように思えた。


歌集のあとがきから
「生きる限り、未知のものに触れようとする思いが、
 詩歌をつくることの根源にあるのではないか。」


授賞式にて吉川さんとの懇談を楽しみに待つ我である。
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