抱負を生活に変換せよ

2017-01-28
新年の抱負はどれほど実行できているか?
三日坊主・1週間・1ヶ月で絶えていないか
「いま」をことばで刻みつける生活を

2017年もあっという間に4週間が過ぎた。僕の場合、誕生月ということもあってあれこれと決意を実行する指標となる月であると位置付けている。今月の場合、年末年始の夢のような世界から始まったが、6日・10日・15日と立て続けに原稿締切に追われ、やや難儀をした場面もあったものの、書評・論文・評論が成稿され校正ゲラとなって形になったのを見ると、気分のよい達成感を覚える。初めて自分の原稿が活字になった時の感慨を思い出しつつ、「書くこと」そのものが自分の「生きる」ことなのだとあらためて意欲も湧いてくる。小欄の試みもそうであるが、「いま」の思考をことばに刻みつける、それを生業としているのは何とも幸せなことである。原稿が次なる原稿への意欲を生むことを、大切にしたいと思うのである。

年頭には、他にもいくつかの抱負を立てた。短歌1日1首は、心がけ次第ですぐに実行できることである。1日1頁で十分な余裕のある手帳に必ず歌を記す、と決意したのだが、中旬頃のセンター試験前後で頓挫している。それでもまた気に入った名歌を記したり、その横に自らの歌を書いたりと、手帳を見返すと努力の跡は窺える。何よりこうして「生活の一部」にすることが、何事かを成そうとするなら必定なのではないかと思うのである。短歌創作を「特別」なことにしている以上、いい歌はできないだろう。俵万智さんも御著書の中で、「日常生活の心の揺れをことばにする」といった趣旨のことを書いている。生活上どんなことがあっても、その「揺れ」をことばにするか否かであろう。もう一つ驚くほど継続され始めたことがある、それは水泳。人間ドッグ受診を契機に、今週は3回「水を得た魚」状態であった。生物は水に帰ると云われるが、500mか1000mを泳ぐうちに陸上ではあり得ない思考に至ったりする。どうやら20代の若手教員だった頃、部活動などをすべて終えてから、施設の整備された私立学校の温水プールで教員仲間とともに泳いでいたことを思い出した。あの頃の青臭い野望が、僕の泳ぐ身体に刻まれているかのようである。

「抱負」や「意欲」はいくらでも言葉にできる
その「言葉」をどれだけ実のあるものとするための「行動」をするか
抱負はまさに字のごとく、生活に変換し抱き背負うものであろう。
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