「自分の身に・・・」という想像力

2016-11-13
戦争体験者が次第に減る必然
「平和」を語り継ぐためには
ことば・短歌・想像力をあきらめないこと

「世界情勢はまったく読めなくなった」などと喧伝するのは簡単だが、果たしてそうなのであろうか?日本でも以前からそうであるが、選挙は「選挙」であって政権実務とは違うというのが実情であろう。(もちろん皮肉である)この世界情勢は僕たちに、思い込み偏向した思考をすることの愚かさを教えようとしているのかもしれない。「TPP」一つ取ってみても、「自由貿易」によって「解放」され、それぞれ「内側」の利益が失われると考えがちだが、立場によってはむしろ「自国保護」への敷石になる可能性もある。早期にこの方針を進めたい輩の思惑は、実はそんなところにあるのかもしれない。いずれにしても、あらゆる可能性を考えて柔軟に対応できる思考が求められているのであろう。

「戦争体験」を実感として持っているか否かは、もちろん重要である。だがしかし、「平和」が続いてきたからこそ、「体験者」が減って来るという必然もまた事実である。幼少時に戦争を経験した母と話していると、「今の若者はあの苦しい体験をしていない」といった趣旨のことを言うことがある。もちろんこれは母に限ったことではないが、「体験者」は絶対的にその「事実」を知る上で優位であるのは間違いない。「戦争」でなくとも「体験した人」が「体験しない人」に、「これは体験しないとわからない」と言うことは一般的によくあることだ。日常諸雑事ならばそれは「体験」すれば済むのであるが、「戦争」の場合はもちろん「体験しろ」というわけにはいかない。それゆえに大切なのは自明ながら「想像力」なのではないかと思う。特に三十一文字を限りとする短歌を読むには、この「想像力」が不可欠である。短歌が長い歴史の中で伝統的に「社会詠」(防人歌など)が存在するのは、こんなところに理由があるのかもしれない。

地元の方々と平和を考える
理論より実践という小説家の存在の講演
あらゆることを「自分の身に・・・」という想像力をあきらめてはならない。
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