京都・宮崎合同歌会
2016-10-30
「向かひ風五十四度の氷点下待ち焦がるるは母の肉じやが」題詠「飛行機」は簡単なようで難しく
様々なご意見もいただき冒頭のような一首を出したが・・・
短歌結社「心の花」は、各地で歌会が開催されている。僕の所属する宮崎歌会は、代表者の伊藤一彦先生のお人柄もよろしく、毎回30名から40名近くの方々が出席し月1回開催されている。以前には京都歌会の方々が5名ほど遠路遥々いらしてくれたということがあったらしく、今回は宮崎歌会の方から京都での開催に参加するという企画が立てられた。僕としては、研究学会への出張で忙しい月でもあるので当初は参加は難しいと思っていたが、9月の上旬頃に「頑張っている自分にご褒美」というような気持ちになり参加を決めた。
偶然にも宮崎空港から大阪伊丹空港へと向かう飛行機の便が伊藤先生と同じという幸運にも恵まれ、空港ロビーや伊丹から京都への高速バス車内で、様々に懇談することができて充実した時間を持つことができた。伊藤先生は今年、NHK短歌(Eテレで第3日曜日朝6時放映)の講師も務められ、毎回の短歌講評とともに若山牧水の各地の旅の歌を紹介され好評を博している。更に先生は、堺雅人さんの高校時代の恩師であることでも有名である。
さて京都に到着し会場に入り歌会の冒頭は伊藤先生の「声」をテーマにした歌についての御講演が30分ほど。「をちこちに啼き移りゆく筒鳥のさびしき声は谷にまよへり」などの歌にあるように、牧水が鳥の啼く音の聞き分けに長けていたことを端緒に、歌に詠まれた「声」の話題が展開された。更には「短歌とは?」という内容について、長崎の歌人・竹山広さんの「追ひ縋りくる死者生者この川に残しつづけてながきこの世ぞ」などの歌にあるように、被爆体験を時間をかけてながきに生きることで、迫真の歌にし続けたという生き様が紹介された。
まさに短歌とは、己の生き様を投影することであるという思いを新たにする。反転すれば言葉に表現しようとすることで、「生き方」が変えられるのかもしれない。小欄の存在もそうであるが、表現することでしか人は「本当の自分」を捕捉できないのかもしれない。同時にそれは独善的であってはならず、表現したら出会うべき人々の批評に晒されていく必要もあるのだろう。冒頭の短歌は僕がこの日に出詠した歌を、歌会後にやや推敲したもの。「母の肉じゃが」は故郷の温かさの象徴として詠んだが、飛行機で宮崎と東京を往還するのは搭乗しているといともたやすいことのようだが、機長アナウンスで示された「向かい風五十四度の氷点下」という実に苛酷な条件を超えて、その都度母と再会しているという感慨を歌にした。「飛行機」の語は使用せず、そのイメージを詠んだのだが、歌会ではあまり得票は獲得できなかった。
懇親会そして二次会へ
京都の夜はやはり楽しい
三次会は、宮崎の僕の自宅近く出身の店主が経営する店に伊藤先生らと。
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