誰かがあなたを求めている

2016-10-10
次年度研究学会開催校承認
その重責と期待を背負いつつ
「大事なのは、誰かがあなたを求めているということ」

和歌文学会第62回大会2日目の研究発表が開催された。朝一番の研究発表に対して、質問に立つ。和歌研究を中等教育に如何に活かしていくかという内容の発表であったが、その学習内容によって学習者の日常の言語生活がどのように変容するのか、その具体像が見えなかったのでそこをお聞きした。構想を広げ研究内容の堆積を高校生に提供するのは、これまでの学習でも為されていたが、結局は如何に和歌に親しみ、その上で(言語)生活の核心を揺さぶる実践が学校現場では足りない。研究発表を聞き質問し、あらためて僕自身がやるべき仕事がたくさんあることに気づかされた。他の発表からも学ぶこと多く、あらためて和歌研究に対して丹念に取り組もうという意欲が起動した。そして、最後に総会が開催される。その場で次年度大会開催校として、僕の勤務校が承認され、簡単なご挨拶を申し上げた。さながら五輪旗を引き継いだ「知事」のような心境であり、その重責を思うに珍しくスピーチに対して聊かの緊張を覚えた。それでも多くの方が期待を寄せていただいていることも感じられ、今後1年間の僕の「仕事」として研究学会への恩返しという意味も含め、また宮崎の地で「和歌・短歌」を更に盛んにする使命を含み、生涯の中でもなかなか巡り会えない好機なのだと自覚した。

学会後、懇意にする同窓の大学の先輩後輩らと少人数で食事をしてから宿へ戻る。するとちょうど大河ドラマ「真田丸」に間に合った。いよいよこの大河も最終章を迎えるのだが、劇的でもないこの日の内容を観ていて、かなり感涙してしまった。主人公・真田信繁が「幸村」と改名し、再び「大坂城」での徳川との攻防の舞台に戻ろうとする葛藤が描かれていた。中でも幼馴染で信繁を慕い続けてきた「きり(長澤まさみ役)」の言葉には、心を打たれた。それが冒頭の鉤括弧で括った言葉である。大河の当初から、信州・上田に信繁がいる頃などは、どうもこの「きり」の言動に(その芝居を含めて)僕は嫌悪感を抱いていた。だがその嫌悪の堆積が、いまここになって効いてきて信繁を奮い立たせ「幸村」に変貌させたように思う。愛する女性の言葉というのは、こうして肝心な折に男を奮起させるものなのであると考えた時、そして信繁が過去を振り返り多くの人々の顔を思い浮かべて、再び武将として立つ姿は涙で霞んで見えてしまった。もちろん、この日の研究学会での僕自身の姿と、大河の主人公を重ね合わせての涙である。

「大事なのは・・・」を告げてくれる女(ひと)
「己に恥じないように生きるのじゃ」(大河の上杉景勝の言葉)
支えられ奮い立ってこそ人生に新たな道が見えて来るものだ。

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