こころなにぞも然かは悲しむ

2016-09-29
「酔ひはてぬわれと若さにわが恋にこころなにぞも然かは悲しむ」
(若山牧水『海の声』より)
お酒がもたらせてくれるもの・・・

牧水の第一歌集『海の声』の歌である。同歌集は明治三十九年から明治四十一年、牧水が二十二歳から二十四歳の頃の若き日の歌が収められている。折しも、大学生として将来の道を模索しつつ恋愛に身を浸し、故郷の両親と東京生活との葛藤にこころを苛まれていた時期ということになる。牧水は生涯を通して旅と酒の歌が多いとされるが、それは同時に人生の悲哀そのものを語り出しているともいえよう。冒頭の歌は、まさにそのような述懐が直接的に詠まれている。こうした歌を読むとき、僕自身が大学生だった頃を回顧してみたりもする。まさに学風ということなのか牧水の後輩として、僕の指導教授を囲み古代和歌の研究室では、毎度のように酒の席が通例であった。先生の主張は、古代和歌も「宴席」で詠まれたものが多く、となれば「酒を飲まなければ歌は読めない」といった趣旨の発言をいつもされていた。当時、角川『短歌』に掲載された先生の原稿では、歴史学者の直木孝次郎の「夜の船出」の説に真っ向から対峙し、額田王の「熟田津に・・・」の歌は、「宴席の歌」だと自信を持って断じていた論調に、深く賛同したのを覚えている。このように指導教授と酒を酌み交わし、そして若き己の拙さや恋愛の悲哀をこころに浮かべ、もがき苦しんでいた自分を思い出す。

その恩師が僕らに関わってくれていた年齢に、どうやら僕自身がなっているようだ。果たして恩師と同様に、学生たちに何らかを感じさせているのであろうか?などと比較して考えてみることも多い。さすれば、今夏の母校での集中講義では、のちに受講した学生たちが「集まりましょう」と言って席を設けてくれたりもした。恩師には及ばないが、やはりこうした学生たちとの交流は相互に貴重だと思う。そしてやはり、他の誰よりも忌憚なく楽しく語り合えるのはゼミの学生たちである。やはり今夏、教育実習中に附属学校でゼミ生がどんな顔をして授業に臨んでいるかを見るのは、ある意味で楽しみであった。同時に、彼らも附属学校を訪問する僕の姿を見つけて、喜んだ表情で語り掛けてくれた。その訴えるような声には、やはり実習は彼らなりにとても辛かったのではという思いも読み取れた。もちろん学生たちには、山ほどの注文がある。その注文を各自が振り返り改善していく過程なくして、次の公立実習や教員採用試験を乗り越える力を養うことはできないであろう。個々に研究室で面接をするといった手もあると思いつつも、今後はさらに様々な現場体験を積ませたいと思っている。同時にやはり本日小欄の主題であるが、酒を通じた語り合いが重要だとあらためて思う今日この頃である。

「酔ひはてぬ」ノミニケーション
いつから酒は害だという風潮が起きたのだろう?
若き日には「悲哀」なくして成長なし、と今の歳になっても若さを自負しながらわれも思う。
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