突き放す言葉が希望を生む
2016-09-23
「特別扱いはしません」その一言が希望になったという逸話
パラリンピック特集番組を観て
今夏はともかく寸分の隙間もないほどの予定を消化し、誠に充実していた。そのため巷間では話題となっていたオリンピックもパラリンピックも、あまりよく観ることができなかった。秋分の日であることもよろしく、午前中にテレビをつけるとちょうどパラリンピックの特集番組を放映していた。ニュースなどを通じてメダルを獲得した選手のことは目にしていたが、その背景までは知り得ていなかったので、実に興味深かった。中でも陸上400mで銅メダルを獲得した辻沙絵さんは、ハンドボール選手から陸上に転向して1年半という短期間での快挙だと云う。その生い立ちを追った番組の内容に、思わず集中して見入った。彼女は先天性で右手に障害があるが、それでも中学校から「ハンドボール部」に入部することを強く希望した。入部に際して顧問の先生が彼女に告げたのが、冒頭に記した言葉である。入部が認められてもなかなか上手くボールを捕球できない彼女は、毎日のように体育館の壁に向かい一人で黙々と練習を続けたと云う。
すると中学校2年生頃から頭角を現し、高校は全国でも強豪校といわれるところへ進学。右手の障害をものともせずに、全国レベルの優秀な選手として活躍したと云う。その後、日本体育大学に進学しハンドボールを続けるが、この度の「競技転向」の話となった。その際に彼女はむしろ、「なぜ障害のカテゴリーに戻らねければならないのか」といった思いを抱いたと云う。中学校の顧問の先生の言葉は、彼女を健常者選手として独り立ちさせていたということにもなる。そしてまた「転向」の際も、その顧問の先生から「今できる、今すべきことは何かを考えなさい」と助言を受け、今回のパラリンピックに至ったのだと云う。弱冠21歳、彼女の可能性はまた今後に連なり、それ以上に多くの障害を持つ人々に希望を与え続けるだろう。ここで考えたいのは、この顧問の先生の彼女への指導のあり方である。「教師」が本当に当人に愛情をもって指導するとは、どういうことかを深く考えさせられる。ともすると多くの教師が、自己の体面や体裁のために、醜い場合は自己が中心的存在であり続けるために、子どもたちに権威主義的な威圧を前提としたことばを浴びせていることが少なくない。「授業」おいても、自己の思うような展開を強く希求するがために、学習者を置き去りにし、学習者と隔絶していく可能性のある言葉を吐いてしまう。本当に子どもたちのためを思う愛情ある言葉とは何か?この辻沙絵さんが育った逸話を知って、指導者の資質が教育や福祉の上で何よりも大切なのだと痛感した。
体育会系にありがちな横暴な指導に陥らず
学習者も指導者も相互に己の弱さを知る対話的な接し方
こうした厳しくも愛情ある「希望」が溢れるくにでありたいのであるが・・・
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