その酒ばかり恋しきは無し

2016-09-19
牧水の歌境が身に沁み入る
そこで今日も牧水の一首から
「やまひには酒こそ一の毒といふその酒ばかり恋しきは無し」(『独り歌へる』より)

牧水が大の酒好きであったことは有名である。43歳で早逝した死因も肝硬変によるもので、確証ある説ではないが、亡骸も体内のアルコール量の影響でその変化があまり見られなかったという”伝説”のような話もある。(そのうちこの話の出処を検討してみたいが)自然を愛し、旅を愛し、人を愛し、酒を愛した、という誠に人間味あふれる人物像が、その人気の秘密でもあろう。早逝であったにもかかわらず、多くの歌を遺したことで今も尚、牧水の感性は生きている。この「自然」「旅」「人」「酒」というのは、どこかで繋がっているように思われることもある。「自然」に誘われて「旅」に出て、孤独を感じれば「人」を恋しくなり、その人との様々な葛藤から「酒」に興じる。我々も何より楽しい時間とあれば、「酒」がつきものであるは自明であろう。

なぜか「早稲田大学文学部」という環境の中で、「和歌・短歌」に関わると「酒好き」が多いと自らの周囲を見回して思う。(もちろん僕自身もたぶんに洩れぬが)その”伝統”を遡ると牧水にも辿り着くということであろう。それがなぜかというのは愚問であるが、やはり前述したような人間存在を「歌」の中で自らにも問い返すからではないかと思う。僕なども大の酒好きであった学部指導教授との交流の中で、ほとんどが酒の席でご教示いただいたことが大きな学びとなっているように思う。(尤も当時は、研究室での研究会の後半は、ウイスキー入りの茶碗を片手にということが許されていたのだが)そう考えると「歌」はやはり「人生」そのものを考えることに通底していることになるのだろう。冒頭に記した牧水の一首は、「酒こそ一の毒」と歌にことばとしては詠むが、だからこそ一番「恋しきは無し」ということにもなり、酒をやめる筈などない。となると「人生」を「歌」で突き詰めたのが牧水の生き様であったと、今回の生家訪問で深く感じ入ったのである。

日向の地ではかなり酒を飲んだ
するとまた新たな出逢いがあった
「生きる」とはこういうことであろう。
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