蜘蛛よ・・・せめて凍結策で
2016-09-08
風呂場でシャワー中に覚える視線生きたまま追い出したいのであるが
僕らはみんな生きている・・・されど
一人で室内にいながら、何やら視線を覚えることがある。気のせいかと思いきや、その先に大抵は、虫などがいることが多い。昨日の朝、恒例により浴室でシャンプーで洗髪に入った折、その感覚に至った。頭部は泡だらけながら、ふと振り返り背後の壁を見上げると、女性の掌ほどの大きさの蜘蛛が壁に張り付いていた。そのまま洗髪を続ける”勇気”もなく、何とか「奴さん」を窓から外へと追い出したいと思うが、なかなか容易ではない。仕方なく風呂場のドアを開けて、泡まみれで濡れた身体のまま、台所にある代物を持参した。その間にも「奴さん」は居場所を移動し、一時は見失ってしまった。”勇気”を奮い立たせて狭い浴室内での「一対一」を覚悟し、ドアを開けて中に入った。すると「奴さん」は足が長いせいか、意外なほど速いスピードで移動して一瞬、僕はひるんだ。だが概ねの居場所を見つけると、僕は複雑な心境ながらスプレー噴射を始めた。「複雑な」というのは、「朝蜘蛛を見ると縁起がいい」という俗信を祖母や母に教わっていたからだ。巨大だとはいえ、果たしてその「朝蜘蛛」を殺生していいものか?「奴さん」が室内に居座ることと、スプレーを噴射し続けることの葛藤の渦中で、僕は後者の行為を続けざるを得なかった。
「スプレー」の正体は、「凍止」と名付けられた製品で、−75℃の瞬間冷却が成されて、虫の動きを「凍結」させて「止める」という代物。スポーツの打撲時などに使用する、コールドスプレーの応用品であろう。化学的な殺虫成分は入っていないので、台所など人間の食べ物があったとしても使用に問題はないという利点がある。この「凍止」は今までにも、小型で動きの速い「G」はもちろん、足が沢山ある「M」も僕にして仕留めた実績がある。冷凍噴射に追われ風呂場の床の片隅に追い込まれた「奴さん」は、小型の虫とは違いなかなか動きが「止まら」ない。僕は心の中で「ごめんね、ごめんね」と呟きながら、執拗にスプレー噴射を続けた。やがて「奴さん」は動きを止めた。その後は、トイレットペーパーを利用して手で掴んでトイレに流すのが通例。その際に考えるのは、「凍結」しているだけで実はまだ「生きている」のではないかという、恐怖と期待である。人間も「凍結保存」すれば、未来の世の中を生きられるといったことが話題になったこともあった。ペーパーを介した手の中で動き出しやしないか?というのと同時に、「仮死状態」ならば水に流れてもどこかで息を吹き返し、自然の中で生き続けるのではないかという気持ちが錯綜するのである。たぶん、後者の可能性は少ないと思いながら、水槽タンクのコックを「大」の方向に捻る。そういえば10日間の在京以前に、夜中に暑さのために起きてしまった際に、居間でそれらしき影を見た気がする。眠気まなこをこすりながらではあったが、これほど大きくはなかった印象がある。(10日間雨戸も閉めた室内に閉じ込められ成長したのだろう)家に戻ってから初日も、和室周辺でエアコン方面に這い上がる影を見た。いずれも「夜」の出来事、やはり「奴さん」は「朝蜘蛛」ではなかったなどと、こじつけの言い訳もここに申し添えておくことにする。
自然の中で生きるとはこういうこと
それにしても、人間が何よりも全てを「殲滅」させる「侵略者」なのである
せめて「凍結策」にて、都会育ちの僕の臆病が「共生」と呼べるものでありたいと思うのだが・・
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