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失敗を恐れず動きながら考えるー偉大な打者の考え方

2016-06-18
どんなに優れた打者でも
6割〜7割が失敗である
「正解」「完成」「無難」に囚われること勿れ

昨日の小欄で話題にしたイチローは、数々の名語録や特徴的な行動が知られている。「笑われてきた・・・」と同様に、「打撃においては6割〜7割が失敗である」といった趣旨のことも随所に発言してきている。その「失敗」に対して「恐怖」を抱いていないわけではあるまい。例えば、09年WBC決勝で中前2点適時打を放つ前に打席に入る折には、「ここで失敗したら、今までの野球人生で積み上げてきたものをすべて失う。」といった「恐怖」を感じていたと後のインタビュー番組で述懐している。イチローの前打者であった川﨑宗則に「お前が打ってすべて(英雄としての功績を)持っていけ。(自分にこの好機で打席が回ってこないで欲しい。)」と心の中で願ったとも云う。その「恐怖」は、MLBのシーズンが始まった際に胃潰瘍を患ったことが端的に物語っている。あれほどの偉業を成し遂げた選手であっても、「失敗」に対しては絶大な「恐怖」を感じているのだ。いやむしろ、その「恐怖」とどのように付き合うかという点において長けているか否かが、総合的に偉人になるか凡人に終わるかの瀬戸際のようにも思える。

プロ野球選手でも、打撃の不振を引きずりその後の守備で精彩を欠くというケースを目にすることがある。だがイチローに関しては、1度たりともそのような光景を見たことがない。それは単に「切り替えが早い」という問題ではないように思われる。「失敗」が即座に分析できていて、そこにこそ「成功」への光明が見出せるという習慣があるからではないだろうかと、僕は考えている。換言すれば凡打を凡打で終わらせることなく、その積み重ねから「成功」を導き出しているのだ。4257安打の陰には、10000本を越える凡打が存在する。それを裏付ける行動として、イチローのフォームは常に更新され進化し続けている。フォームにおいて「正解」「完成」があるわけではなく、ましてや「無難」なフォームを選び取ろうとはしない。まさにイチローのフォームは常に「旬」なのであり、それを築き上げているのは7割の「失敗」なのである。できるかどうか?と「失敗」を恐れて躊躇して行動に及ばなければ、人生何事も得られない。固着し停滞することなく、動きながら考えてこそ前進する光明が見えるのである。

頭だけで考えてはいけない
「今」の自分が出せるものから表現し始める
「失敗」もしない人生など、楽しいはずはないのである。
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