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小説の舞台を訪ねる

2010-05-23

22日(土)亡くなった井上ひさしさんの小説に『ナイン』という話がある。東京は四谷に、未だ自給自足の商店街があった頃、店の息子たちを中心に構成された少年野球チームの過去を振り返る内容だ。「新道少年野球団」と称されるチームが、夏の暑い陽射しの中、ベンチで主将の少年が、体を盾にして日陰を作り、奮闘する投手やバテそうなチームメイトを支え、延長戦を闘い抜くという感動秘話である。

しかし、その主将は、大人になってチームメイトたちに詐欺などの蛮行を繰り返す。しかし、チームメイトたちは、彼のことを悪くも言わず、警察に訴えることなどもしない。大人の社会に汚染された少年野球チームの主将を、仲間たちが少年の日に助けられたことで、信頼以上の友情を築いているという設定だ。

小説自体が、その少年時代の回想的な話で構成されているからか、更に今の時代の「新道商店街」を改めて訪ねてみたくなり、土曜日の夕刻に四谷駅を降りた。

「幅4メートル、長さ100メートルに満たないこの商店街」という記述があるが、本当にその通り。今や商店街は跡形もなく、多くが周辺の会社員や大学生を相手にした飲み屋街に変貌している。通りを歩くと、飲み屋に入るか入らないかといった大学生の集団や、本日はサービスディだとかいう飲み屋の客引きに出会う。そんな喧噪を尻目に、小説世界をもとに、様々な想像をしながら、100メートル歩くことを楽しんでみた。

脇道が何本かあり、その奥に見える家などが、小説の語りの舞台である畳店であろうか?豆腐屋や総菜屋に洋品屋などは、いつまであったのだろうか?商店街の中に小さなコミュニティーが成立しているという、大都市東京の過去を、存分に想像することができた。

小説は、この商店街が飲み屋街のなることを否定的に捉えているので、そこを尊重し、やや離れた所にある飲み屋で酒を一献。その後ほろ酔いで、少年野球の舞台となった「外濠公園野球場」を訪ねてみた。闇夜にうっすらと見えるダイヤモンド。3塁側ベンチは、西日が直接差す方向に確かにあるが、今やたくさんのビルが周囲にも建ち並び、少年たちが助け合うことを学んだ熱い太陽も、差し込まなくなってしまっているようだ。

ある変哲もない場所が、人々が生きてきた物語を持っていて、それが小説という形で保存されている。もちろん、小説は虚構の世界であろうが、そのリアルを今に訪ねてみるのも、こちら側の想像力を最大限に発揮させてくれる。

東京が失ってしまった下町人情あふれる人間的関係、自給自足の商店街、少年野球で育つ子供たち。

どれもみんな、自己の経験の中でも宝物のように眠っているものである。だからこそ、この小説は深く琴線に触れるのだ。

そんな世界を見事に小説化した井上さんに、改めて感謝した1夜であった。
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