知識欲を創る国語教育

2016-05-29
強要されたものには意味がない
そこから逃げようとする
自分で知識を獲得していくということ

全国大学国語教育学会で新潟大学へと来ている。朝からの自由研究発表でも、複数の発表者に対して質問に立ち、自らの学びを深めていく。国語教育の現状は如何なるものか、そして数多き問題の解決策は如何にしたらよいか、特に韻文や古典学習について様々に新たな視点が得られた。このように自ら「知識」を獲得しようとすることこそが学びであり、「教育」を講じている立場として堅持したい姿勢である。学習者が「学ぶ」環境を整えていくにあたり、指導者として如何に学ぶかという課題。読書に置き換えれば、「読書人を育てる」と言いながら、教師は豊かな読書生活をしているのかということである。などと考えながら、午後の「読書人を育成する国語教育のあり方」というシンポジウムに入る。ここでは世界的な脳科学の権威である新潟大学名誉教授・中田力氏の報告には目から鱗の内容が見出せた。

「心を創る脳機能」「脳がどう働くか?」といった点が分かりやすく解説される。脳はほとんどが決められたように動くのだが、学習する神経組織が小脳皮質と大脳皮質の二箇所あるという。小脳の働きは、何をやろうかは決まっているが、やり方の上手さを学習する(適応型)機械類でもエレベーターやカーナビなどがこの「適応型学習」を行っているということ。それに対して大脳は確率論で学ぶのだという。「こころ」を創り出すという情報処理の高度化を成し遂げた人は、扱う情報そのものの操作する能力を獲得した。しかし、この情報操作を自ら行わず、前頭前野を活用しない学習は、大脳にも小脳同様の「条件付け型学習」を強いることになる。ゲーム学習とか反復学習、そして為政者の情報操作などが典型例であると云う。所謂「パブロフの犬型」の学習では駄目だということ。大脳は、情報処理の仕方が変わるので、そこを動かす学習が求められるということである。鋳型に嵌めた如き「発問」と用意された「解答」、まさに自ら必要な情報ではなく、教師の枠内を泳がせている学習では自立した読書人を育てることはできない。強制された読書感想文や暗唱でも、また正解ありきの読解指導では「パブロフの犬」は育てられるが、こころを創る教育はできないということである。

幼児期の環境が絶大に影響するとも
社会の問題も大きく左右している
本当に思っていることが言える国語教育に導くためにも・・・

*シンポジウム報告に基づく聞き書きであるので、乱文ご容赦ください
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