口先だけの「全力で」

2016-05-16
被災地に対して「全力で・・・」
政治資金釈明会見でも「〜のために全力で・・・」
本当に成果をあげる人はそのような言い方はしないのでは・・・

「全力で・・・」という言葉遣いが、とても気になった。冒頭に記したような状況で、政治家がたいそう安易に使用しているように思えたからだ。その言葉が真実であるならば、被災地の方々の苦労はまだまだ軽減されるであろう。熊本に関係する友人たちの行っているボランテイアやTV報道での様子を見る限り、政府や自治体では不十分な力を個人個人の力で補っているように見える。これで政治が「全力」なのだとすれば、大きな過誤と言わざるを得ないであろう。また苦しい言い訳のみしか出てこない政治資金に対する釈明会見でも、「今後は都民のために全力で・・・」などと言って会見を締めくくる。選挙当時はまだ東京都の有権者であった僕としては、まったく憤慨せざるを得ない知事の政治姿勢である。(もちろん彼には投票していないが、それだけに)そして最後には「20年五輪」をちらつかせるのだが、果たしてこのような感覚の知事の元で行われる世界的イベントが適正に実行されるとも思われない。その「五輪招致」にさえ「金」が動いた、という報道さえあるのだから。

真に成果を出す者は、決して「全力で・・・」などとは言わない。例えばイチローのインタビューで、そのような語彙を聞いた覚えがない。試合に対する万全な準備や食事に対する仔細な注意など、イチローの野球に対する姿勢・生活は万全であるが、それは「全力で・・・」というのとは違う柔軟な感覚で、自己を磨く極意があるように思う。彼は出演しているCMでも「人の真似をしていたのでは先には行けない。」言い、「未来は自分で作るもの」と語るのである。時間量だけを費やせば成果が上がるのかといえば、そうでもあるまい。質の高い行動で結果につながる方法を採った者こそ、道を拓くことになるのだろう。1日のうちでも、集中できる時間は限られている。どれだけ質の高い仕事を、そのうちでこなすことができるかが成果となる。要は「全力で」と語る人に、成果は程遠いということだ。どこか余裕がある、どのように攻められても対応できる、イチローの打撃・走塁・守備には、そのような構えが備わっているように思う。

丹念に冷静に鋭敏に
誰しも有限たる時間をどう使うか
「全力で・・・」が詭弁や嘘であることを、僕たちは歴史から十分に分かっている筈だ。
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