「がまがえる」濁音の印象

2016-05-11
「蛾」という一文字の発音
「・・・が」という鼻濁音
濁音の印象深さのあれこれ・・・

「牛丼」というメニュー名は、大変な「ヒット」であると”名称研究家”の講評をどこかで読んだことがある。確かに漢字各文字に濁音が入り、鮮烈な印象を聞く者に与える。僕が中学校時代のこと、学校の近くに「牛丼店」があって、例によって比較的脂質の多い肉を煮込んだ具材なので、学級では「あぶぎゅう」などというアダ名を付けてみんなが呼んでいた記憶がある。一見、揶揄したような表現であるが、食べ盛りの中学生としては「あぶぎゅう」を食べたくて仕方がなかった。中高一貫校ゆえに学食があったのだが、あるとき水道工事か何かで学食が閉店した折には、弁当を持参しない生徒たちで担任の先生に懇願し、代表者がまとめて購入に行くことを条件に「あぶぎゅう」を20個ぐらい買い込んできたということさえあった。「ぎゅうどん」並びに「あぶぎゅう」の思い出は、今でも時折僕をあのオレンジの看板店舗に誘引する。

高校の頃に「鼻濁音」について書いた書物を読んだせいか、はてまた「江戸弁」ネイティヴであるからか、比較的無意識に「・・・が」を発音することができる。文法上の助詞の発音は、特に〈教室〉での「教科書読み」では不自然になりがちである。必要以上に助詞を強調してしまい「鼻濁音」どころか、強度のアクセントが文体の自然な流れを破壊するがごとき読み方である。むしろ「がまがえる」や「蛾」という名詞の濁音と同等の発音であるにもかかわらず、「はっきり大きな声で読む」ことをよしとする〈教室〉では誰しもがその偏向に気付こうとしない。従来はまったく違う発音であるにもかかわらず、それを同一視してしまう間違いであると誰かが声を大にして言わねばなるまい。特に害があるわけではないので否定的に言うのは気の毒だが、「がまがえる」や「蛾」という強度なアクセントの濁音は、「嫌悪」の感情さえあるような気がする。ましてや「茶毒蛾」などは触れるとかなりの腫れを来すので、嫌悪し注意する対象として言葉としての濁音が活かされた例ではないかとさえ思う。企業名としても釣具の「がまかつ」など、またPCの「DELL」などの外来語であっても、濁音によって印書深くするという作用が有効に働く例もあり、その発音に意識的になるべきであると思うことがある。

〈教室〉の「音読」の不自然さを解消したい
そんな思いでこの夏の企画を検討中である
お店の名前など、濁音について意識的に生活をしたいものである。
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