「青」か「緑」か?信号機の色彩表現に学ぶ
2016-05-03
「江碧鳥逾白〈江碧(みどり)にして鳥逾(いよいよ)白く〉山青花欲然〈山青くして花然(も)えんと欲す〉」(杜甫「絶句」より)
色彩表現について考える
SNS上で知人の研究者が学部時代の先輩後輩だという記事を挙げていたので、山口謠司氏著の新刊『日本語通』(新潮新書)を購入した。読み始めて開口一番、冒頭の杜甫の有名な漢詩が掲げられていた。高等学校教科書にもよく採択されている教材であるが、果たしてこの二句を解釈する際に、「碧」と「青」の意味を道理とともに明快に教示する高校教員がどれほどいるだろうか、などと考えさせられた。実に分かりやすい対句構成であるが、よもやこの二句が「対句」という知識のみを教えている授業はないだろうかという懸念である。「江」は「山」と対になっているので自ずと意味は分かるであろう。この双方がそれぞれ「碧」と「青」という色彩であることをこの漢詩は述べるのであるから、まさに日本語で信号機が「みどり」でありながら「あお」と呼称される理由を明確に説明する用例として貴重である。さらには「鳥」は「白」で、「花」が「然えんと欲す」というのは「燃(える)」の文字に通じて「炎のようなあか」を指すということになる。漢字は部品を見れば意味がわかり、それを推測する思考にこそ漢文教育の意義もあるというもの。
「碧」は「碧玉」という語が表すように「青く澄んでいる石」のこと。「紺碧の空」はどこぞの大学の応援歌であるが、「碧雲」「碧空」など空の青さに通ずる漢語がある。また冒頭の漢詩のように、「碧水」「碧波」と水の色彩を表現する際にも使用される。また「碧草」や「碧緑」など「みどり」に通じる語もあり、「無色の奥から浮き出すあおみどり色」(『漢字源』学研)という色彩感覚である。一方、「青」に関しては先に紹介した山口氏のご著書にあるように、漢字としての上の部分が「植物の新芽」で、下が「湧き水」であると云う。(字源というのは諸説あるので、あくまで一説として考えておく)まさに「新緑」を「青葉」と呼ぶことから分かるように、山口氏曰く「ピチピチした緑色を表す漢字」だということだ。同書で「青」は、「未熟である」とか「官位が低い」などの意味も紹介し、「出藍の誉れ」の「藍色」にも言及した上で、明治以降の「英語やフランス語」の流入で「青」と「ブルー」が混同したと解している。
色彩表現は難しい
それだけに各時代の文化を背負って今に至る
現代語の運用に活用できる漢文教育をさらに模索しなければならないだろう。
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