噺家さんの生活

2016-04-25
高座での15分間
枕の設定や噺の選択
そして終演後の諸々まで・・・

ある噺家さんと親しい付き合いとなって、早5・6年の月日が経過した。「教員養成に落語の力を」というプロジェクトで、実験的に僕が落語修行を1年半積んだことが契機である。長年の中高教員としての経験から、人前で話すことには慣れていたのだが、その独善性を排除するには大変ありがたき機会であった。同時にこうした芸人さんと親友にまでなれたことは、僕自身の人生をより豊かにしてくれた。この週末も諸々の所用の後に、落語を勉強する機会に恵まれた。小粋な料亭での落語会は、10名ほどで身近に落語を感じ取れる場であった。大変著名な政治家の”先生”もお見えで、場所柄からしてあらたな経験になった。その後、あるご夫妻とともに噺家さんを囲んでの四方山話。落語の可能性や地方創生への貢献、などと建前を踏まえながらも巷間の下世話なことまで、深夜に及ぶ談笑に様々なヒントが満載であった。

充実した一夜が明けて日曜日。そこに至る途中経過を記すことは控えるが、噺家さんとの交友は続く。この日は、両親も誘い寄席見物に出向いた。昼席の開口一番、昨晩にも噺を聞かせてもらった前座さんが高座に上がる。彼は何年ぐらい修行しているのだろう、などと考えながら一番自分の素人落語に近いと思われる噺に耳を傾ける。自分との違いは何か?などと考えて芸の道を歩むことの厳しさに思いを致す。そしていよいよ、親友である噺家さんの出番となる。昨晩のように時間を共有してきた過程で、この日の枕や演目はどのように決まったのだろう?枕に「親孝行」の噺が出てきた時には、僕が両親とともに来場していることを意識してくれたのだろうなどと、噺家さんの生活と芸との関係性などにも興味が湧いた。噺のトリは、親しい噺家さんの師匠たる名跡・金原亭馬生の一席。その後、大喜利吉例高座舞の興行へ。噺家たるや日本舞踊ぐらいはできなければならないという師匠の粋な伝統がなせる趣向である。そういえば僕も幼少時に、祖母に日本舞踊を習った記憶がある。師匠の柔軟な身の動きを目の当たりにして、日本文化を理解するためには、あらゆる身体性を経験すべきということも学ぶ機会となった。

笑いのある人生を
短時間でも人を惹きつける話の進行
人生の豊かさとは、人との縁と付き合いで倍増するものである。
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