天体に生きるわれ

2016-04-22
熊本地震から1週間
被災した方々に思いを寄せつつ
地震列島に生きる「われ」を考える

緊急地震速報の夜から1週間が経過した。僕の居住する地域では最大震度4までで、被害もほとんどなかった。それでも友人・知人からは心配する声が様々な媒体で寄せられ、人の心の温かさに深く感謝する契機にもなった。あらためて母とも電話をする機会が増えたが、この地は東京は大丈夫か?、そして国の地震対策はこれでいいのか?と様々な不安がよぎる会話内容となっている。僕たちは確実に「地震列島」に居住しているのだ。さらに大きな枠組でいえば、環太平洋に住む以上、地震の不安からは逃れられないということであろう。日本は古来から桜が散ることに思いを寄せ、諸行無常に「あはれ」を見出してきた文化的伝統もある。「世はさだめなきこそ、いみじけれ」とは兼好法師『徒然草』の一節であるが、こうして「無常」なることに「美」さえも見出してきたのである。まさに僕たちの生きる大地は、動いているのだ。

雨模様の天候が続いているが、この1週間の月齢を確かめてみた。昨日が旧暦三月十五日で満月、1週間前は八日ということになる。月が次第に満ち始めて望月に至るまでの間、この活断層型地震の蠢きは止まることがなかった。僕はスマホに地震速報専用アプリを搭載し、震度3以上の揺れはすべて地図上に震源と震度が表示されるようにしている。昨日一日を通して随時これを見てみると、1週間前に頻発した震源域での余震は、かなり少なくなったようである。むしろ北東に大分県方面と、南西に熊本県八代方面に震源域が移動している。TV報道に拠れば、中央構造線沿いに九州南北に分割される土地が、東西上下にかなり歪んだということらしい。日本列島が古代は大陸と地続きであったのを想定地図で見たことがあるが、大地はこのように動くのが必然なのであろう。

海岸に行くと波の絶え間ない力をひしひしと感じる
僕らは天体の引力作用の中で生きているとすると
月齢を重視する意識も必要ではないかと古代の知恵に思いを馳せるのである。
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