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健康な日常は他人に優しく

2010-05-18

17日(月)深夜に珍しく目が覚めると、掌が何かむず痒い。そしてしばらくすると、腹が痛む。暑くなってきたのでTシャツ1枚で寝て、腹を冷やしたのか。子供でもあるまいしなどと、しばらく夢うつつな状態が続く。次第に腹の痛みが激しくなって来たような感覚。昨夜の寿司ネタにでも中ったのか、馴染みの寿司屋だけに、そうとも思いたくない。

明け方になっても治まらず、果たして仕事に行けるかどうかと思うほどになってきた。しかし、不用意に欠勤などしたら何を言われるかわからないという感情が脳裏に渦巻く。そう思った瞬間、たぶん身体的よりは精神的に月曜日の到来を忌避しているのであると自覚した。

何とか仕事には普通に行くことができた。しかし、残った感情は職場への不信感のみ。急な病気などに見舞われたら、どんな対応になるのかと考えただけでも、嫌悪感以外の何ものでもない。現に入院加療が必要とする身近な人が、長期欠勤した際の対応の酷さを目の当たりに見てきた経験もある。ましてや、産休に入ろうという方々にも、皮肉めいた言葉が浴びせられたと聞く。対人関係の一言にも、その人間の生育環境や生活観念の貧困さが、もろに露出するものだ。こうした人間が職場での力を持つべきではない。

このように考えても、健康な日常が、いかに大切かと改めて思う。毎日が平然と過ごせるということのありがたみは、病気にならないとわからないのかもしれない。

近所で馴染みにしている豆腐屋さんが、ここのところ店を閉めている。2〜3度店に足を運んだが、いずれもシャッターが閉まっており心配していた。この日は、目の前にある、これまた懇意にしている酒屋のおじさんに尋ねてみた。すると豆腐屋のおじさんが、バイクで転倒し腰を強打したという。豆腐作りには腰が肝要なので、しばらくの間、療養を必要とするということだ。いつもこの店の豆腐が大好物であったために、親が怪我をしたかのようにショックだった。

自分の食べる食品を作っている人の顔がわかる。そしてその方が怪我をしたら、心を痛める。いたって普通のことなのだろうが、こうしたケアの精神が、今の社会から消え始めている。何らかの人間関係を結んだ人の立場を思いやる気落ち。そんな部分が重視される家庭的なコミュニティーが、職場からも地域からも消えている。果たして日本社会は、このままでいのだろうか?

夕食後は、ジムでマシンによる筋トレにサウナ。その後、知人の店でワイングラスを傾ける。この店主が少々話したい内容があるというので、出向いてみた。これまたやはり人間関係における悩みなどなど。しかし、時間を割いて店に出向くことで、一つの穏やかなライブコミュニケーションが成立した。ともするとこうした話をメールなどでも済ませてしまいがちな場合も多い社会であるが、直接に話を聞くということの重要性を再認識した。

カウンターで聞き役に徹した夜。こちらも職場の悩みを最後には聞いてもらった。たぶんお互いに気分はすっきり爽快。面と向かって話すことの効用は絶大だ。「そのうち時間のあるときに」という、言葉をそのまま受け止めていると、なかなか伺えない場合がある。なので、できうる限り近い日で、日程が空いているこの夜に店を訪ねた。されど、それが「普通」の気遣いであろうとも思う。

腹痛に始まった今週。しかし、いくつかの人間関係において、思いやる気持ちを持っただけで、むしろ自分自身が楽になった。他人に優しくするということは、自分自身を大切にするということなのだ。

健康な日常を見つめて

健康は、もちろん身体だけではない

日常の小さな思いやりが、自己を優しく包容してくれる
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