子どものことばから気づくこと

2016-03-18
「おなかがすいた」
「どこいくの」
子どもの発する素朴な欲求と疑問に思う・・・

昨日から旅行で立ち寄っている親友ご家族は、僕の自宅からそう遠からぬ宿に滞在した。あるプロ野球球団がキャンプの際に常宿としている全室海の見えるホテルであり、「子どもの国」なる娯楽施設を併設している。朝食後にご家族でその施設内で遊んだらしく、「アルパカを見た」などと無邪気に語る言葉が可愛い。親友との呑み語りや奥様との久しぶりの話もさることながら、昨日から興味深いのはこのお子さんの言葉である。ご両親が愛情深く育てているらしく、実に愛想もよい。子どもの発言があると、親としては僕に対して気を遣ったようであるが、心のままを言葉にする素朴さが実に尊いのではないかと、僕は好意的に受け止めていた。むしろ大人は如何に建前や偏見で心のままを抑制し、錯誤した思考に陥っているのかと教えられたようでもあった。

「のどがかわいた」「おなかがすいた」といった本能に根ざした言葉を、大人は思い込みの知性で抑制し身体の欲求に対して逆らい、「我慢」という名のストレスに晒されているのかもしれない。車で移動すれば「どこへいくの」という疑問を幾度となく繰り返し発するわけだが、大人こそが安易に決めた「行き先」を、最良だと思い込んでやいないだろうか。計画・予定に縛られ過ぎて、大切な本質を見失ってやいないか。興味ある対象に心の赴くままだと思い込んでいるが、実は様々な柵(しがらみ)に拘束されているのではないか。欲求を抑え込んで、身体の枯渇や栄養不足にむしろ無頓着なのではないのだろうか。車窓の風景を見てもまた同じ、社会的建前や機能を重視するあまり、看板やその場の事態に対して冷めた眼で見過ぎているのではないだろうか。

無邪気な言葉にこそ
生きるための前向きさが潜む
母親は「すいません」と言うが、僕はむしろ「ありがとう」と言ってご家族を見送った。
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