3年たる節目に必要なこと

2016-03-11
初心忘るべからず
節目たる今を捉え直して
4度目の旅立ちに心躍らせて

人生が「旅」に喩えられるならば、それは決して一様に一本の道を歩むが如きものではないだろう。出発地点に帰着し「旅」そのものを再認識したり、幾度となく希望を抱き直して再び「旅立つ」ことが繰り返される。諺にも「石の上にも三年」というように「3年」という月日で、何事にもそのような「帰着」と「旅立ち」が必然的に訪れるのかもしれない。今回はこのような位置付けでの、約1週間の上京であった。様々な場で様々な方々に出逢い直す、そしてまた「己自身」にも。この3年・5年・7年・9年・15年のうちに出逢った、今の自分を支えて来てくれた方々のありがたさが身に沁みた。出逢い直しが成されたそれぞれの方々から、再び大きな刺激をいただいた。人生を歩む上では、時にこうした「建設的な回顧」も必要な時があるのではないかと、心の内側が整理された思いである。

この1週間のうちで、小欄を丹念にお読みいただいている方とお話した際に、この執筆行為を「歯磨きみたいなもの」と思わず口走ってしまった。毎朝における必須な「習慣」になっているという意味ではあるものの、大変失礼で誤った比喩を述べてしまったと反省しきりである。この場をお借りしてあらためて深くお詫び申し上げたい。同時に小欄を毎日重ねる意味も、自ら再認識すべきだとも考えた。約6年半2300回を超える更新で、日々の自分を見つめ直し続けている。3年前の今日の自分はどのような言葉を書き付けているか?そして5年前は?その時々の自分を書き連ねることで、現在過去未来における自己の定点観測が可能だと考えている。過去の自分自身から教わること、それがまた未来にも連なる。それでも尚、人は「現在」しか生きることができない。小欄を丹念にお読みいただいているとした方から、確か15年ほど前に雑誌論文の合評会で大変勇気づけられるお言葉をいただいたのを鮮明に覚えている。その場での奮起なくして、現在の僕は今の赴任先で仕事をしていることもないだろうと思う。現在の言葉が、過去未来を確実に繋ぎ合わせる役割を果たすのである。それゆえに前日の重要な記憶が整理された朝の時間に、その時の自分自身を磨くが如く、言葉を書き連ねる。ゆえに今回の上京で得たことから、また明るい未来に向けて、「現在」を歩もうと決意も新たにするのである。

空港で両親とゆっくり話し
そしてまた保安検査を通過して出発ロビーへ
僕の現在地への4度目の旅立ちであった。
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