人と人とを繋ぐ会話力

2016-02-26
湯船で隣になったお方
やや場所を譲ると親しげな会話に発展
見知らぬとはいえ地域の人と人は会話で繋がる

昼の業務が精神的に疲れたので、近所の公共温泉施設へ。銭湯並みの料金(¥420)で泉質よろしく、疲労回復には格好の癒しの場である。市内の60歳以上であれば更に半額であるらしく、自ずと年配の方々のお客が多い。湯船での寛いだ表情には、誠にこのくにが今は平和であることを実感する。湯船の縁沿いに背中をもたれてしばし温まるのが通例だが、次第に人数が増えてくる。そこで後からやって来た方のために少々ずれて場所を譲ると、大変感謝されて親しげに話しかけていらした方がいた。「何処に住んでおる?」とか「(口調や住んでいる場所柄から判断し)東京の人やな」とか。「仕事は何しとるん」などと会話が弾んだ。どうやら地域の街づくり関係の仕事を定年になった方らしく、僕の居住地域の区画などについても造成時点の詳しい話が聞けた。地域のことはまさに「耳学問」が有効であることを、あらためて知る機会となった。

幼少の頃、母親と近所の商店街に買物に行くと、なぜ商店の人とこんなに長く話すのだろう?といつも疑問に思っていた。未だスーパーなどほとんどない昭和の時代は、商店街の専門店を1軒ずつひと周りすると、夕食の材料が揃ったのであった。八百屋に始まり魚屋か肉屋、そして豆腐屋経由で仕上げは惣菜・乾物屋に至るのであるが、この最後の店のおばさんと母との会話が最も長かった。いい加減、痺れを切らした僕は先に家に帰りたいと思うこともしばしばであったが、車の通りの激しい道路の交差点を一人で無闇に渡るのは禁止されていたので、概ね母とおばさんの四方山話の時間に付き合って、乾物屋さんの様々な商品を眺めていた記憶がある。今にして思えば、母は街の様々な情報を得たり、日常の様々なストレスをその店の会話によって解消していたのだと思う。地域の人々と垣根なく話す文化が、昭和の時代には根付いていたのだ。

夕餉で近所のお店へ
顔見知りのお客さんが「お母さん(話が)面白いね〜」と賞賛
母の人と人とを繋ぐ会話力を、僕も受け継いでいるのだと自覚した。
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