私がもう一人いて・・・

2016-01-14
「やりたいことやりたいように
 自由にできる夢〜」
(「365日の紙飛行機」より)

自分の体験は絶対化しやすい。いわば、勘違いしたことがそのまま固定して、思い込みとして継続していることもしばしばだ。その「思い込み」が有効に機能する場合もあるかもしれないが、多くは足枷になってしまって、自由な発想で行動できなくなってしう弊害の方が多いように思う。教師を志している場合、特にこうした問題の影響は大きく、必ず通り来る自らの教育体験に囚われてしまうと、活き活きと行動できない憂き目を見ることになりかねない。自己の体験は、何らかの方法で相対化しておくべきであろう。

冒頭に記した朝の連ドラ主題歌の一節を聞く度に、上記のようなことを考える。その歌詞の中で「ずっと見ている夢」とされているのは「私がもう一人いて」という設定だ。「思い込み」のある絶対化された「私」を、「もう一人」の「私」が自己解放する物語をこの曲は歌う。「人生」を「紙飛行機」に喩え、飛ぶ「距離」よりも、どのように何処を「飛んだ」かが肝要だと訴える。回想するに、僕自身も幼稚園から大学に至るまでの「教育体験」を随所で相対化したから、今のような道を歩んでいるのだと、つくづく思う。自著の序章には、自らの「音読」朗読」体験を綴ることで、この教育方法を研究する意味を見出した。これは教員養成の学生には、ぜひ行なってもらいたい階梯である。

己に都合のよい物語
其処で身を護って何かあらむ
相対化・自己解放から新しい夢が始まる。
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