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母と観る「母と暮せば」

2016-01-06
母と息子が語り合うこと
その日常を戦争いう悲劇が引き裂く
遺された母は婚約者はどう生きるのか・・・

山田洋次監督作品「母と暮せば」を観た。戯曲「父と暮せば」の姉妹作品として、生前の井上ひさしさんが書きたかった内容であると、娘の麻矢さんが山田監督に話したのが制作の契機になったと云う。広島の父娘・長崎の母子という一家族が、原爆によって如何に人生が変転してしまったかを克明に描くとともに、親子関係とは何かということを、今を生きる僕たちに深く語り掛ける作品となった。医師を目指して大学へ講義に出向いた息子を、一瞬の閃光と爆音が襲う。机上のインク瓶は溶けて形を変えたのに象徴的に描かれたように、多くの学生が犠牲になったと云う。爆心地にほど近い長崎医科大学での1945年8月9日午前11時2分の悲劇である。数年後に爆心地を望む丘にある墓地で祈りを捧げる母と婚約者の側で、ある人がキノコ雲を回想し「人間のすっことじゃねえ」と怒りを露わにした。そう、如何なる理由があっても戦争となる可能性そのものが「人間のすることではない」と、あらためて僕らは胸に刻み込むべきだろう。僕自身も2012年8月9日に長崎を訪れている。

夫は病いに倒れ長男は戦死し、そして次男が原爆の犠牲になり遺された母。そして彼と婚約していた健気な娘のその後。母の悲痛な思いに報いるかのように、息子が亡霊となって現れて母と語り合う。もしや生きているのではという、母や婚約者の思いは如何ばかりであるか、僕たちは想像力を頼りに考えてはみるものの、現実の悲惨さは計り知れない。幼少の頃からの様々な思い出を母子で語り合うという、ごくありふれた「日常」にこそ実は至極の価値があることを、平和な時代に生きる僕たちは胸に刻み込むべきであろう。この映画の息子像を、山田監督は「竹内浩三」に求めたと云う。先月の公開講座をはじめこの何年もの間に、様々な場面で僕も朗読して来た「竹内浩三」の詩のことば。映画や文学に憧れて根っから明るいその性格は、この映画の息子像によく表象されていた。

僕も母とともに観た「母と暮せば」
映画にも登場した小学生の世代である僕の両親
今世代を超えて必見の映画ではないか・・・「宇宙戦争」よりも。
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