2016あけましておめでとうございます

2016-01-01
1日を最大限活かして
何事も即実行を旨とし
物量や効率より本質を目指して

2016年・平成28年あけましておめでとうございます。本年もまた、穏やかに小欄に文字を記すことができる平和が訪れている。まずは陽はまた昇ることに感謝して、歩み始めようと思う。年末の数日を、論文執筆と大掃除をして費やした。大晦日は朝一番から1日の間を最大限に活かしたと言い切れる感覚に浸った。小欄執筆後即、ガソリンスタンド開店10分前に乗り付け1番で洗車機を使用し、その足でホームセンターで買物。更に豆腐類が売り切れるのを懸念し産直市場へ行くと、「先生今日は早いね」と女将さんの笑顔。その後、野菜果物ジュースとパンを食べて、蒲団の整備を終えてから新規購入したモップと脚立を使用して窓拭きと敷居内の埃の清掃。昨晩の夕餉の残りであるシチューを食べて一息。その後はダイニングテーブルにクロスを掛け、各部屋の換気扇カバーを清掃すると黄昏時となった。一日の埃を落とすべく入浴し、夕餉のしゃぶ鍋材料の野菜を切りながら、「億千万♬」と郷ひろみが歌い始める。聊かの飲料と地元産の肉・野菜をいただきながら年越しとなった。

文字にしたらこの程度で描写できる、僕の1日とは何だろうか?そんなことを考えるのも、小欄を記し続ける一つの目的でもある。論文も掃除にも「内観」と「達成感」が伴う。内なる自己を見つめながら、眼前に置かれた問題意識や汚れという課題を行動で解決して行くことである。整理した思考が活字になり、また綺麗になった部屋で至福の時間を過ごせば、自ずと達成感を味わうことができる。このように自己の行動の意味を顧みる意味で、文章化することには大きな意義がある。例年通り紅白を観ていて、印象深い歌は何であったかと考えてみる。ラストステージという森進一「おふくろさん」、作詞家との問題を抱えていた名曲の抒情を渾身に歌い上げていた。以前はトリというイメージの強い和田アキ子が、カジュアルに「笑って許して」を歌う。「昭和は遠くなりにけり」ではあるが、僕たちは「昭和のこころ」を常に何処かで希求しているように思う。そして僕としては珍しくも、AKB48の曲の歌詞を咀嚼した。「人生は紙飛行機」と歌う朝の連ドラ主題歌だ。「その距離を競うより」も「どう飛んだのか?」「どこを飛んだのか?」が大切であるという部分が胸に残る。単なる1枚の紙を折り上げても、飛ばなければただの紙屑に過ぎない。平面が立体化したならば、何らかの「意味」を持たせなければ甲斐がない。「距離」に喩えられる「物量」や「効率」ばかりに躍起になる社会であるが、自分をしっかり内観して、本質を見極めた行動としての「飛び方」が大切なのではないかと感じた次第である。

昨年までに折り上げた紙飛行機が何機かある
「どのように」「どこを」飛ばそうか!
本年もよろしくお願い申し上げます。
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