強風に曝される門扉の音に

2015-12-04
時折「パタ〜ン」という音
寝入ろうとする僕の耳に届く
普段はすぐに眠りに入るものを・・・

折から全国的に荒れた天候で、強風が吹きすさんだようだ。大型で多数の前線を伴う低気圧が、太平洋側を東進する天気図を見た。僕の居住地域も例外ではなく、朝から一貫して強い風に見舞われていたが、夕刻からは特に気温が急激に下降し、この冬一番とも思える寒さを実感した。研究室をあとにして帰宅する道すがら、こんな体感的な寒さと同時に、学生の卒論のことや年内に実施する学習会のことなどについて脳裏に不安が走る。そのような愁いは負の連鎖を引き起こし、多方面に対して不安な要素が心の端々に浮上して来る。まるで強風が肌を衝くことが僕自身の心象風景のように、吹いてはやみまた吹いてはやんだりしていた。

まだやりたい仕事を残しながら、栄養でもつけて流れを変えようと、近所の馴染みの店で、「食事」のみと銘打って「フライ盛り」を夕餉としていただいた。食事は何事においても次に歩むための礎となるはず。あらゆる「強風」を跳ね返すには、栄養が必要なのだ。こうして帰宅すると、冒頭のような状況に見舞われる。玄関を出て門扉が開放されたままになってやしないかと確かめるが、ノブはきちんと固定され通常の状態を保っていた。されど時折の「雑音」はやまない。本を読みながらなかなか集中できないので、テレビのスイッチを入れる。すると「突然の病気を研修医が診断する」という趣旨の番組をやっていて、しばらく見入ると再び病気への不安などが心の隅に去来する。こうなると寝るしかない。「ある日」の「強風」に狼狽して、明日の光が見えなくなる時もある。門扉は「異常」なわけでもなく、また「強風」を怨んでも何も始まらない。眼前の不安は一つ一つ丁寧に解消していくしか道はない。門扉を紐で雁字搦めに縛り付けるとか、些細な「雑音」のために破壊して撤去してしまうのがナンセンスであることは自明である。だが寒さを伴った「愁い」は、人にそんな誤った対処療法に導くこともある。止まない風はないのである。

そして今朝がまたやって来た
意図せずして強風は止んでいる
東の空には誠に綺麗な朝焼けが、希望の光を雲たちに投げ掛けているではないか。
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