体験し自ら学ぶということ

2015-11-28
体験に勝る学びなし
自分で決めて進む道
どんな恥も困難も自ら引き受けるということ

大学教育の改革やら方向転換と巷間は喧しい。われわれ大学教員が、問われていることは何か?このこと一つとってみても、矢面に立ち強い風当たりに直面してみてこそ、初めてその問いの真意とは何かと奥深くまで探ろうとすることができる。5年後10年後の社会を見据えて、反対に5年前10年前から、文学研究や教員養成は何が問題であるのか?などと自問自答して自らの立ち位置の浮遊性を自覚する必要もあるのではないかと考えたりもする。人文学を軽視するなどとんでもないことだ、などと愚痴を連ねるのは簡単であるが、ならばどれほどに問題意識を持っているかという深度とか本気度が、問われているのではないかと思う。

先月から、大学至近の小規模小学校を頻繁に訪れている。この日も児童の図書委員が開催する「ブックフェア」に4年のゼミ生2名とともに参加した。子どもたちの紙芝居や図書室の本を利用した宝探し、それに半期の「多読賞」(1位の子どもは300冊以上読んでいた)なる表彰が行なわれた。その合間に、読み語りの時間を10分程度いただき、ゼミ生2名が2冊の絵本を子どもたちに提供した。子どもたちの住環境に適した絵本や、不思議なことばと脳の関係をわかりやすく実感できる絵本であったためか、先生方曰く「子どもたちが聞く集中度が高かった」とお褒めの言葉をいただいた。半年すれば教育現場で教師となるゼミ生にとって、これ以上ない学びの体験であろう。もちろん現場はそう甘くはない。ゼミ生の行く手には様々な困難が待ち受けている。なればこそ、こうして個々の子どもたちを心から見つめる体験を学生時代にしておくことが大切な筈だ。のみならず、教師としての組織集団の中でどのように学んで行くか。それはまさしく体験するしかない。教師になる前よりも、教師になってからが学びであるということは、僕自身が現場で体験して来たことでもある。

社会の荒波に揉まれ潮目に乗るということ
22歳の”出航”までに大学教員がすべき役割とは?
僕の自問自答も、体験することからしか先には進めないのである。
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